第19話 黒髪の忌み子

 ハクとラドが去った屋敷の客間では、イリーナとライアスが向かい合って座っていた。


「ハクの衣服から私達の食事まで、すまない」

 ライアスは座ったまま深々とこうべを垂れた。

「礼には及びません。……それより、幾つか聞いてもよろしいでしょうか」

 イリーナの眼光が少し鋭くなったのをライアスは見逃さなかった。


 そもそもハクとラドを部屋から出した時点で、ある程度の予想はついている。ライアスは背筋を伸ばし、改めてイリーナと正面から向き合った。

「どうぞ」


「まず、ハクについてです。……彼は、導師ですね?」

 竜の力を見せずとも、イリーナはハクが導師であることを見破った。

 ハクが自身を竜族と名乗ったことから、それを推察することは容易であろう。しかしイリーナは、予想ではなく確定事項のように言い切った。


「そうだ。ハクには竜のプラーナが宿っている」

「そうですか……。では、次の質問です。あなた方は旅をしていると聞きましたが、それは本当ですか?」


 ライアスは正直な性格である。三人が旅をしているというのは正解であり、不正解でもある。つまり、間違ってはいないが、的を射てもいない。

 それ故に、ライアスは返答に窮してしまった。


「……ここまでに至った経緯を話す。それで判断してくれないだろうか」

「お願いします」

 そう言うとイリーナはそっと目を閉じる。


 奥の部屋から先ほどの従者が静かにやってくる。従者は綺麗に細工されたカップを二つ手に取り、椅子の脇にある木製の机に置いた。

 お香と紅茶の甘い香りがライアスの鼻腔をくすぐる。


 ライアスは従者に会釈し、紅茶を口に運び唇を潤す。そして意を決し、これまでの経緯をゆっくりと話し始めた。


 —— — — —


 十人ほどの妖精族の子ども達に手を引かれ、ハクとラドは彼らの遊び場へと連れてこられた。


 遊び場といっても、数本の大樹と草が生えているだけの空き地だった。

 屋敷からこの遊び場に来るまで、引っ切り無しに質問され続けているハクとラド。女帝竜と共に山で育った彼らは、今まで同世代の子どもと触れ合う機会が無かった。突然の騒々しさにどう反応していいのか分からなかったが、少しずつ心の色が晴れていくのをハクもラドも感じていた。


「俺たち妖精族は、自然を操れるんだぜ!」

 そんなハクとラドの心中しんちゅうを知ってか知らずか、一人の男の子が自慢を始めた。

 彼の名はレント。自信家で、子ども達のリーダー的な立場にいる男の子である。


「えー、やめなよレントー! この前失敗したばかりじゃん!」

「間違ってそこの家燃やしそうになって、イリーナ様に叱られたしねー」


 周りの子ども達も、初めての他種族の来客に浮かれているようである。レントの黒歴史を次々に暴露していく。

 レントは顔を赤くしながら、それでも威勢を崩さなかった。

「おいっ! あの時は調子が悪かっただけだ! 今は完璧に火の術法を使えるんだからな!」


 面白半分、冷やかし半分の笑い声が輪になって広がっていく。ラドとハクも、その空気に飲まれて控えめの笑顔を見せる。

 その笑顔を見たレントはさらに調子を上げ、自身の言う「火の術法」を披露しようと準備を始めた。


「ラド! ハク! 今から俺がそれを見せてやるからな!」


 適当な大きさの木材を空き地の中心に集め始めるレント。他の数人の男の子も面白がってその準備を手伝い始める。

 ハクとラドは、子ども達により急遽始まる見せ物に心を浮つかせる。


「術法っていうのはね、火とか水を生み出したり、操ったりする技のことを言うの。あたし達妖精族は、術法を使える種族なのよ」

 ハクとラドの後ろから、しっかりした雰囲気を持つ可憐な女の子が説明を始める。事細かに説明してくれる彼女はどうやら、おせっかいな性格のようだ。


 それを聞きながらハクは、不意にどこからかの気配を感じた。睨まれているわけではなく、ただ単純な視線を。

 その微かに感じた気配を、感覚を頼りに目線のみで探す。


「よし! それじゃあ今から、あの木を火の術法で燃やすから見てろよ!」

 レントが意気揚々と右手をかざして集中を始める。


 ハクはそれを半分無視しながら、この遊び場の中央に生えている大樹を見上げた。

 するとそこには、その樹木の枝に座っている一人の女の子の姿があった。


 妖精族の髪の色は金か、もしくは橙色だ。イリーナも、レントも、他の妖精族も、それは同じ。

 しかし、その寂しそうな目を持つ彼女の髪は、吸い込まれそうなほどの黒色だった。



 夕焼けに染まった村の中を、少し肌寒い風が葉の音と共に流れていく。

 大樹の緑と彼女の黒が、流れるように美しく揺れる。


 彼女の流れる髪と視線から、ハクは目が離せなくなってしまった。



「どうだ! 術法はすごいだろ!?」

 燃えて炭になった木を前に、レントが満足そうに笑いかけてくる。周りの男の子達もレントをはやしている。


 先ほどのしっかりした女の子が、ハクの視線と見ているモノに気付く。

「あー。木の上にいる、ディオネね。……嫌われているの、皆から」

「え? ……なんで?」


 予想外の言葉に、ハクは思わず彼女に振り向いて質問する。ラドもハクの様子の変化に気付き、耳を傾けた。

「だって、ディオネの髪……黒いでしょ? あたし達妖精族の中では、黒は不吉の象徴の色なの。……だから、お父さんもお母さんも友達も皆、あの子には近づかないの」


「そんな……」

 女帝竜とラド以外に集団行動をしたことが無いハクは衝撃を受けた。哀れみとも同情とも違う、形容しがたい悲しみがハクを浸食していく。


 体勢を戻し、大樹の枝へと視線を戻す。


 しかし、ディオネと呼ばれた忌み子の姿は、もう既に無くなっていた。

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