第17話 妖精族の村
兵士達が去り、十分ほど経過した。
ハクとラドは母を失った悲しみから未だ抜け出せずにいるが、少しずつ落ち着きを取り戻し始めている。
そして女帝竜から子ども達を託されたライアスは、今後の身の振り方を考えていた。
(——さて、どうしたものか……)
ライアスはゆっくりと空を見上げる。
空には見渡す限りの星々が、子ども達を見守るように優しく輝いていた。
しばらく聞こえていた子ども達の泣き声も、徐々にすすり泣く声へと変わっていく。
ライアスは頃合いを見計らって、ハクとラドに向かって話しかけた。
「……私はライアスという。お前達の母である女帝竜から、お前達を頼まれた。……その、なんだ。お前達の名を聞かせてはくれないか?」
慣れない子ども相手にたどたどしくなってしまったが、ライアスはできるだけ優しい口調を心掛けた。
「……僕はラド。こっちは弟のハク」
ラドは少し警戒しながらそれに応え、ハクは黙って俯く。
「そうか。ラドに、ハクだな。……まずは二人とも、ここから離れよう。いつまでもここに留まっているのは良くない。それに、どこか近くの川で身体を洗った方がいい」
兵士達の返り血により血まみれとなっているハクを見て、ライアスは目線を少し下げた。
若いとはいえ既に幾多の戦場を乗り越えてきたライアス。しかし、まだ年端もいかない少年が大量の血を浴びている姿というのは、見るに耐え難いものがあったのである。
「西に行こう。森を抜けてしばらくすれば、妖精族の集落があるはずだ。まずはそこを目指す」
ラドはそれに頷く。ハクも黙ったままだが、反対の意思はどうやら無さそうである。
それを確認したライアスは、一人と一頭を連れて暗い森の中へと入っていった。
—— — — —
一行が森を進み、一日半が経過した。
その日の初めに見つけた川で身体の汚れを取り、木々を背もたれにして眠る。起きた朝に出会った猪を食料とし、その猪の毛皮を剥ぎハクの新しい服にした。
現在は昼を過ぎて、もう少しで夕方に差し掛かろうかという時分である。
ライアスが先頭になって轍を作り、ラドが次に続く。ハクは未だライアスには沈黙を貫いたまま、兄のすぐ後ろをついてきている。
生い茂る森林のなか、道無き道を歩いていく一行。その進み具合は当然ゆっくりとしたものだったが、それでも彼らはしっかりと歩み続けた。
風に揺れる葉の隙間から見える青が徐々に赤みを帯びてきた頃、ライアスの目前に目的地が見えた。
妖精族の集落、イルフィン。
切った丸太を並べて作った集落の外壁。その内側には木製の梯子が連なり、その上には妖精族が住んでいるであろう家屋が並んでいる。
城塞都市であるルムガンド王国で育ったライアスは、あまりの文化の違いに驚きながらもどこか温かい雰囲気を感じていた。
徐々に集落に近づく。すると、集落の入り口から弓を持った妖精族の男性二名が現れた。
その二つの理知的な顔立ちは、ライアス一行が近づくにつれ警戒の色を強くする。おそらく、この集落の門番の役割をしている者達であろう。
「何者か」
門番のうちの一人がその口を開く。
「私は人族の騎士、ライアス。訳あってこの者らと旅をしている。村長にお目通り願えないであろうか。聡明と名高い知恵をお借りしたい」
長い金髪の隙間から覗く尖った耳がピクリと動いた。
「……しばし待たれよ」
門番はそう言い残し、村の中心に見える一番大きな建物へと入っていった。
もう片方の門番に見張られながら、ライアス達は通行の許可を待つ。
鳥達の鳴き声が、絶え間なく森の中に木霊している。そしてその中に、妖精族の子ども達の遊ぶ声があった。ライアスは無意識に耳を澄まし、その遠くから聞こえる声を聞いた。
「やー……。……みの癖に……。お前なん……ま外れ……」
「ひ……。あた……なにもしてな……」
遠いせいで聞き取りづらい。ただ辛うじて聞き取れたその言葉から、ライアスは複数の妖精族の子が一人の子をいじめているのだと推察する。
この時ライアスは気付かなかったが、ラドとハクはその子ども達の声に何も言わず反応を示していた。
数分後、門番が帰ってくる。
「お待たせした。村長イリーナより、そなたらを客人として迎えるよう仰せつかった。……こちらだ」
「感謝する」
ライアスは軽く会釈をした後に、ラドとハクを引き連れてその門番の後に続いた。
その妖精族の村は、まるで木製の迷路のようだった。
地上には平屋が建ち並び、その脇には所狭しと柱と梯子が架かっている。その梯子の先を見てみると、木を厚く切った土台の上に家屋が並んでいる。また空中にはぐねぐねとした木の板の道が作られており、その脇に生えている樹木から伸びた蔓で何人かの子どもが遊んでいる。
周囲に目を奪われていたライアスは内心で驚愕しつつ、自分より少し高い門番の背にゆっくりと視線を戻す。すると、その門番の横目と視線が重なった。
「騎士殿、妖精族の村は初めてか?」
初めて立ち入った場所をじろじろと見てしまったライアス。不躾であったかと少しヒヤリとしたが、その門番の顔に微笑みが見えたことで胸を撫で下ろす。
「……ああ。恥ずかしながら、私は人族以外の住む場所に入ったことがない。……それに、私の育った人族の国は、石と鉄で造られていたからな。このような自然に囲まれながら暮らすというのは、少し羨ましい」
ライアスの正直な返答に、門番の切れ長の目尻が垂れた。
「ふふふ、あなたは正直な方のようだ。……すまない、そなたらのことを警戒していた。時間が空いた時に、この村を案内しよう」
お互いに表情を和らげ、その場に緩やかな空気が流れる。
そして活発な妖精族の子ども達が、ライアス一行の横を樹木の香りを纏いながら走り去っていく。
「さあ、ここが村長イリーナの屋敷だ。くれぐれも粗相の無いように」
「ありがとう」
ライアスはすっかり黙ってしまっているラドとハクを連れ、その大きな葉の暖簾を押した。
「ようこそ、人族の子、竜族の子よ。妖精族の村イルフィンは、あなた方を歓迎します」
ライアス達を柔らかい声が出迎える。
イルフィンの村長イリーナは、その言葉と共に唇をほころばせた。
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