第11話 襲撃
同日の夕刻、女帝山山頂付近。
ハクは風邪を引いたらしく、正午を過ぎてから高熱を出した。今は少し落ち着いて、母と兄から心配そうな眼差しを受けながら、静かに寝息を立てている。
「ハク、大丈夫かな」
心配性であるラドは、しきりに母へ弟の無事を問いかけている。女帝竜は、しつこく聞いてくる息子に対し、その都度優しく応える。
「大丈夫。この年頃の人族の子は、風邪を引きやすいのよ。すぐに良くなるから安心なさい」
ラドはその言葉に毎度安心を覚える。そして、今日の出来事でふと思い出したことを口にした。
「そういえば母ちゃん。今日の朝、人族のところに行って何を話してきたの?」
女帝竜はハクが寝ているのを再度確認し、ラドの目を見て話し始める。
「そうね……。私の子ども達がいるから、これ以上は登ってこないでね、ってお願いしたのよ。もちろん、ハクのことは言っていないけれど」
そして話ついでに、女帝竜は人族がこの山に来てから考えていた、住処の変更についてラドに話をしておくことにした。
それは、ライアスが人族の国王の説得に失敗した場合、自分ら竜族の存在が公になり、彼らが襲撃してくる可能性が大いにあると踏んだからである。
「あと、ハクの体調が良くなったら、みんなでこの山じゃない住処を探しにいくわ。もし、人族が私の言うことを聞いてくれなかった時、うるさくて眠れなくなってしまいますから」
「そっかぁ……わかった。ちょっと残念だけど、眠れなくなるのは嫌だし。でもハクが母ちゃんの言うこと聞いてくれるかな?」
女帝竜は聞き分けの良いラドを一層愛おしく感じた。
自分自信だって、本心では住み慣れた場所を離れるのは嫌だろうに、それをおくびに出さず了承する。
おそらく、人族が襲ってくるとは予想しなくても、それに近しい何かが迫っているのをラドは感じたのだろう、と女帝竜は思った。
「どうでしょうね。でも、ラドもハクも、とてもいい子だから、きっと素直に聞いてくれると思うわ。……さぁ、今日はちょっと早いけど、明日に備えてもう寝ましょう」
「そうだね。おやすみなさい、母ちゃん」
「ええ、おやすみなさい。ラド」
ラドはそう言うと目を閉じて、数分の後に静かに寝息をたてて眠り始めた。
女帝竜は翼でハクとラドを優しく包みながら、山の遥か向こうから聞こえる、馬の足音と車輪の音が近付いてくるのを聞いていた。
—— — — —
一方、その頃。第三騎馬部隊隊長マルドゥクは、愛馬に跨り一中隊を率いていた。彼は今までに数回、中隊規模の総隊長を経験したことがあるが、いつもと違うことが一つだけあった。
それは、歩兵、騎馬、
その名も、砲撃部隊。
砲撃部隊はその名の通り、大砲を用いた部隊である。まだ試験運用段階なのだが、大砲自体は既に完成されている。今回の実践の後にほぼ間違いなく実用化され、新たな部隊として発足されるであろう、というのが皆の予想なのだった。
ルムガンド王国が発明した大砲は、射出口から鉄球を入れ、火薬を爆発させて飛ばすという至ってシンプルな構造となっている。
爆破する砲弾は開発されていないため、ただ鉄球を飛ばすのみなのであるが、一つの砲弾が直径二十センチと小さいために、水平弾道で飛距離十キロメートル以上飛ばすことができるのである。
そのため、一つ一つの砲台も小型なものであり、馬車の荷台に乗せることで簡単に運び出すことができるのだった。
こうして、マルドゥク率いるルムガンド王国一中隊は、合間に二回の休憩を挟みながら、順調に女帝山へと近付いていった。
そして、陽が沈んでから二時間ほど経過した頃。遂に彼らは女帝山の麓の森林近くまで到着した。
マルドゥクは砲撃部隊に指示し、砲台を横一列に並べさせる。兵士達の決起のために、一斉放射をするためである。
「よーぅし、全台並べ終わったな! では、目標女帝山頂上! 別に最初は当たらなくても構わん! 竜どもに、我らの力を見せつけてやるのだ!」
そして、マルドゥクは高々と右手を挙げ、発射の合図をしようとした、その時。
「竜だぁー! 竜が来たぞぉー!!」
彼らの視界の先から、伝説の女帝竜が現れたのである。
—— — — —
女帝竜は、遠くから人族や馬の足音が徐々に近付いているのを聞いていた。
その足音の量と、鉄球の擦れる音から、自分達を襲撃に来たのだと正確に予想した。
頃合いを見計らう女帝竜。
そして、ラドとハクが寝ているのを確認し、起こさないよう静かに翼を広げて飛び立つ。
目標は人族の武装集団約二千人。
愛する子ども達を守るため、母は数百年ぶりの戦地へと赴くのだった。
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