昨日から、二-一

 大地が荒れても空は青いんだな……とかなんとか感傷に浸るまでもなく俺の正面には23台の「全日本警備システム株式会社」とステッカーされたハイエースが並んでいた。どれだけ文明の利器である鉄の塊が集合しようと不安は一向に拭いきれない。これってアレだよね、寒冷地用の車とかじゃあ明らかにないよね?

 まったく余計な一言だった。第二次世界大戦以来の危機だとか首相がテレビで言ってた大震災から一週間後、ウチの会社が被災地復興支援ってことで隊員の募集を開始したんだけど、ほとんどの奴らが被災地に行くくらいなら仕事を辞めるってくらいの頑固さを見せつけことごとく会社からの依頼を断ってて、でもそれはここ最近の、関東一円にまで届いた大地震の混乱が俺達を萎縮させたという他にも、俺達は自分らがブルーカラーど真ん中ってことを知ってるんで、一旦被災地に送られたなら自分達がどんな劣悪な状況で働かされるか、その大体の予想がついちゃうからなんだけど、そんな人員不足という状況の中でオレが同僚の上杉、まあ呼び捨てにしてんだけど一回りくらい俺よか年上で、ついでに某学会員疑惑が根強い(誰に迷惑かけてるというわけぢゃないんでいいんだけど)おっさんに、「風呂と飯がちゃんとあるなら行ってもいいんすけどね」ということを、ウチの会社は食事と風呂を用意しないだろうとたかをくくって、要するに行く意志がないと言う表明のつもりで言ったんだけど、上杉がその発言を都合よく会社側に密告して、そして会社は渡りに船とばかりに俺を「風呂あり飯付きだから」という誘い文句で口説いてきて、俺は俺でもう同僚に口走っていた手前、他に断る手段も思いつかず、なし崩し的に被災地への復興へと向かうことになってしまったのだった。

「胴上げする?」

「結構です。」

「じゃあ万歳三唱ね。」

「それもいいっす。」

 被災地へ向かう前日の勤務終了後、常駐先のオフィスビルの従業員用のロッカールームで、同僚達はお互いに苦笑しながら俺に言葉を贈ってくれたんだけど、ある意味、自分達のたらい回しの結果として俺が被災地へと向かうことになっているんで、同僚達には微弱ながら後ろめたさが存在していたんだろう。

「千本針を編み込んだ腹巻きとか送ろうか?敵の弾丸に当たらないらしいぜ。」

 そう言ったのは戦争漫画でそんな情報を聞きかじっていたんだろう、筋肉ムキムキだけど仕事ができない、ダメマッチョ(陰口)の井上だった。

「いや、敵ってなんすか?玉とか飛ばないし。」

「お国のために死んでこいってやつだな。いやホント、戦時中の日本ってこんな感じで兵隊送り出してたんだろうなぁ。」

 俺の発言をチクって被災地へ追いやった上杉も、自分の卑劣さをひっくるめてユーモアにして笑い飛ばし、そんな同僚達のヌルい風に当ちゃったんでオレも思わず苦笑してしまった。まあ卑劣さってのも、板に付けば愛らしい個性になる場合もあるわけだね。そんなこんなでなぁなぁとフインキに押されてノコノコ被災地に向かってるわけだけど、やっぱりアレかね、上杉が言ったみたいにこんななぁなぁのフインキで日本人て戦争行っちゃったんかね。結局のところ、小学校の平和学習とかはあんまり役に立ってないってことだね。

 携帯をいじりながら結局一時間以上待たされても集合場所には全員揃うことはなかった。多分、寸前でバックレた奴とかがいて、その埋め合わせをしてんじゃないだろうか。そしてさらに二時間、チェーンでタバコを吸うのにも疲れて、いい加減会社に言いなりのメンツといえど苛立ちがピークに達しそうになったところでようやく被災地に派遣される人間が全員揃うことになった。どうも、船橋支社の奴が集合時間を間違えていたらしい。この段階で幸先が悪いとしか言い様がない。んで、俺と同乗するのが安全靴に青色の制服ズボンにジャンバーっていう、ウチの会社の内勤のスタンダードスタイルの俺と同い年くらいのやつで、頭は社会人なのにボーズ頭、ちなみにコンビニで無料で置いてある求人情報誌ではこんなボーズ頭どもが笑顔で勤務している様子の写真を載せて、「アットホームな雰囲気の職場です!」って、人を集めるどころかなんかの更生施設みたいな雰囲気を醸し出してたりするのである。とりあえず俺は、「麻生支社の眞鍋っス」ってナメらないように、「別オレ被災地に行くからってビビってねぇし。震災?大したことなくね?」てな感じで田舎ヤンキーみたいな感じで受け応えておいた。そんな俺より遅れて乗り込んで来たのが、コオロギみたいな色黒の専門卒業したばっかっぽい若い奴と、夜中だってのにジェームス三木みたいな色眼鏡をかけている、どうもセンスを70年代に置き忘れてきている様なオッサンだった。コオロギみたいなやつは自己紹介で「コオロギです。」とか言うから、いや別にお前のニックネーム聞いてんじゃねんだよ、つかやっぱりみんなお前のことをコオロギとか思ってんだドストライクだなとか思ってたら本当に「興梠(こおろぎ)」という苗字だった。

 俺が挨拶すると、二人は息を吸い込んだのか吐いたのかわからない声で応えてくれた。多分、支社とかに「被災地行かないと仕事ないよ」と言われたクチだろう、とか思ってたら、それどころか何も会社から教えられずに「明日はこの駅集合して」と持ち物だけを告げられてここまで来たのだという。……何の疑問も抱かなかったお前らマジスゲェよ。

 俺たちの乗り込んだハイエースは、人とモノを運ぶこと以外にはとことん無頓着だったんだろう、購入してから一度も内装はいじっていないむき出しのシートに加えて、車内は芳香剤すらも使用しなかったせいで、その空間は歴戦の勇者(?)達のオイニーが溜まりまくってて、何だか乗り込んでいる人数以上の人間を、地縛霊みたいにして乗せて走っているようだった。ゆるく閉められたカーテンから漏れた光が、車内に充満している工事現場や建設現場で付着したような粉塵を反射させてキラキラ光ってる。綺麗なんだけど、これってなるべく吸い込まないほうがいいもんなんだよなぁ……。窓を開けたいんだけど三月だしまだ結構寒いし、ただでさえ会社からあんまり暖房つけんなって言われてんだから、ここは我慢するしかないのだろうが、我慢すると一口に言っても目的地は仙台だ、やたら遠いし時間がある。となりのコオロギに話しかけるにもさっき話しかけたら、放送関係の専門学校に通っていましたとか言ってて、何か昔聞いてたラジオが云々かんぬんで全然面白くなかったし、そのまた後ろの席のジェームス三木にも首を後ろに曲げてまで話したくはなかったんで、運転手には申し訳ないがここはしょうがなくふて寝を決め込むことにした。

 異常な振動と寒さで目を覚ました時にはもうかなり暗くなっていて、となりのコオロギは熱心に携帯をいじっていた。……お前、それ着く頃には電池切れてると思うぞ。そんなコオロギを尻目に窓の外を見るとマジでびっけた。さっき(寝る前)までは普通の車が走っていたのに、今では重機を積んでいたり、見たことないくらいの自衛隊の車が列を作ってたり、「災害支援隊」と横断幕を車体に貼っつけた工事車両が走っていた。みんなやっぱ東北を目指してんだろう。ナンバーを見てみると、大阪・兵庫・名古屋……つか西日本じゃん!すげぇ、なんか日本全国から集まってんじゃないのコレ。冗談で戦争みたいだなんて言ってたけど、ホントに洒落にならないところに俺は向かってんじゃないだろうか。望んでもないのに俺の脳内では『地獄の黙示録』の音楽が自動再生されていた。んで振動の原因は道の舗装のせいだったらしく、走っている東海道は、俺らがくる少し前に地震で破損した箇所が舗装が終了していたものの、かなりいい加減に取り繕ってあるだけだったせいで、40キロ以上のスピードで走るとめちゃくちゃに車が揺れてしまい、荷物も洋物のポルノ女優の騎乗位並みにズッコンバッコン揺れてるし、これより速度を出すと何より俺らも車酔いを起こしかねなので、高速だというのにハイエースはかなりの落ち着いたスピードで現地へ向かっていた。

 途中、今まで見たことないくらいの行列を作ったサービスエリアに到着すると、ガソリンの補給をしようとしていた運転手がなにかモメ始めていて、聞き耳を立てていると、国から支給されている緊急車両の書面を持っていないとガソリンが20ℓしか入れられないとのことだった。なんというか、何の後ろ盾もなく徒手空拳でいかされるってところに、やっぱり俺らはこんな緊急時でも底辺の人間なんだなということを思い知らされる。

 都内から車を走らせて五時間後、コアな被災地には自衛隊しか入れなかったんで、仙台に到着すると市内の青葉区ってところの桜庭荘、アパートがパワーアップしたみたいな辛うじてホテルっぽいところに直行したら、もう震災起きてから三日後に被災地に送り込まれた同じ支社の先輩の舛添さんがホテルの前で出迎えてくれたんだけど、兵士というか囚人を通り越して野生化が進んでしまった舛添さんは、俺が正面に立った途端、「女だ!おい眞鍋女の匂いがするぞ?どこだ!」って俺が付けてたオーデコロンの匂いで獣みたいに盛り始めて、その様でホモじゃないのに男が襲われるっていうアメリカの刑務所思い出していよいよ俺ヤバイとこに来ちゃったんだということを痛感してたんだけど、その夜からがもうひどくて、支社の奴ら「風呂はある」とか言ってたくせに実は浴槽はあるもののガスが来てないもんだから結局風呂には入れずに(トンチ効かせてんじゃねぇよ!)、そのせいで舛添さんパンツを交互に裏返して履いてるとか、マジになりふりかまってらんねぇ状況だということがわかった。ぶっちゃけ舛添さんホームレスの臭いとかするし。でも俺も数日後にはこうなんのかって思うと、もう未来からの予約済みの疲労が襲いかかってきて、とっとと部屋で横になりたいと思ってたらある程度覚悟はしてたんだけど、俺が宿泊するホテルの部屋は舛添さん以外やっぱり見ず知らずの人間たちと相部屋で、しかも四人で使うような部屋を大の大人五人で使うから寿司詰め状態、布団とかは取り替える余裕がないから三日も持たなかった前任者の使い回しで、なんかウンコの臭いがする布団を使わされるという始末だった。で、その夜には追い討ちかけるように就寝時に余震か本震かわかんないくらいの震度4の地震が起きて、もういい歳なんだけど何だか枕がしっとり濡れちゃって、気を紛らわせようと携帯でネットを見るとニュースもツイッターも原発事故のことだらけ不安が煽られるばかり。つか俺、ここいいて大丈夫なんだろうか?今ふつうに吸ってる空気ってやばいんじゃないの?水だってふつうに飲めんの?とか今さら後悔しながらも、もう俺には片道切符しか用意されてないから、その涙を酒で紛らわせようと(ちなみに物資はないのに酒はあった。意味分かんね)飲酒して寝てたら……次の日朝礼に遅れちゃった。マジでクソですわ、いろいろと。

 

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