第15話 ことね6 異変

 その後、晴香との時間は、その井口純也という男に奪われる事が多くなった。

 今まで週に3回は会って、おしゃべりしたりご飯を食べたりしていたが、このところは平均して週1回になっていた。

 付き合っているなら、親友として、その彼を紹介して欲しいと度々言っていたが、晴香いわく、まだ付き合っているわけではなく、お試し期間中だからと、会わせてはもらえていない。


 一度どんな人か見てやろうと思い、レストランの厨房に近い席でどうにか見えないか試みたが、無駄骨に終った。

 あまりそのストレスを晴香本人に言えないことねは、日課の問診の時間に高谷に愚痴をこぼしていた。


「先生、友達と恋人とどちらが大切ですか?」

 いきなりの質問に高谷は唖然としていたが、少し考えた後、ことねに尋ねた。


「誰かそういう人ができたの?」

 ことねは慌てて答える。

「いや、違います、違います。私じゃあなくて友達が……」


 そこまで言うと、高谷は笑う事も無く、冷静に答えてくれた。

「僕の考えでは、恋人と友達は種類の違うものだから、どちらかというのは選べないよ。

例えて言うなら友達は水で、恋人はコーヒーって感じかな。水は生きていくのに絶対に必要なものだし,、当たり前の存在だが、喉が渇いた時はすごくうまくて、ありがたい。コーヒーは生きていくのに絶対に必要ではないが、無性に欲しくなるし、幸福感を与えてくれたり、眠れなくなったり、刺激を与えてくれる。どっちかなんて選べないよね?」


「私、コーヒーとか、あんまり好きじゃないし……。わかんない」

と、ことねが少し拗ねた様に答えると、


「ま、コーヒーは大人の飲み物ですから、まだまだ子供のことねにはわからんな」

 と少し笑いながら言った。それを言った後、より一層ふてくされ顔になったことねをなだめる様に高谷は続けた。


「ただ言えるのは、恋人って言うのは、結婚でもしない限り別れが来るものだけど、友達って言うのは、望めば、ずーっと友達でいられるんだよ。誰の話かはあまり詮索しない様にするけど、ことねの年齢から考えて、このまま結婚って可能性は低いと思われるから、まあ、また君に甘えてくる時期が来るんじゃないかな」


 確かに高谷の言う通りだった。今は彼に夢中で、晴香の中では私の存在より彼の存在の方が大きなものになっているかもしれないが、いつかその恋は終わるんだと思うと、井口という男に抱いていた、嫉妬の様な気持ちも薄れていった。


「先生、ありがとう。そうだよね。なんか変な心配しすぎてたかも。なんかちょっとすっきりした」

「それは良かった。おっと時間だ。と言うことで今日はこの辺で」

 高谷はそういうと、問診後に飲んでいたコーヒーをシンクに置いて、ごちそうさまと言って部屋を出て行った。しかしこの後ことねの心配はまた違った方向へと矛先を向ける事になった。


 木曜の十八時、いつものようにことねがフリースペースエリアに向かうと、晴香がいた。しかし、ソファーに横になり、明らかに具合が悪そうだった。


「晴香、大丈夫?」


 ことねが声をかけると、晴香は体を起こし、弱々しい声で答えた。

「うん、大丈夫。なんか最近眠りが浅いのか、朝頭痛はするし、眠くって……」

「仕事頑張りすぎじゃない? たまにはお休みとかもらってる? 今日はもう部屋に戻った方が良いんじゃあない。また土曜日に一緒にご飯食べようよ」

ことねが優しく言うと、晴香はコクンと小さく頷き、エレベーターで自分の部屋へと帰っていった。

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