十二月に行こう

久遠マキコ

十二月に行こう

 立つ場所が変われば見えるものが変わる。

 祖父がよく言っていた言葉だけれど、その通りだと思う。


「ほら、あとあれ。あの市場」

「朝市?」

「それそれ」

 彼女と旅行に行こうという話になった時、彼女が唐突に俺の地元はどうかと言い出した。

 

 坂の街。

 地元を一言で説明するならこの一言に尽きる。

 平坦な場所は街の中心部くらいで、あとは全部坂道で出来ているんじゃないかというくらい坂が多い。

 高校生の時、登校する時はルートのほとんどが下り坂で、そこを自転車で一気に下ると気持ちが良いものの、逆に帰る時にはひいひい言いながら懸命にペダルを踏んで坂を駆け上がった記憶が今も鮮明に残っている。

 そういえば帰りによく買い食いしていた小さなたこ焼き屋はどうなっただろう。


「年寄りばっかのレトロな場所だと思うけどな」

「そうかな。最近話題だし、観光客だって沢山いる」

 両親との初対面には良い機会だと思う一方で、彼女をがっかりさせたくないという気持ちもある。

 地元はそれほど楽しい場所ではないと思うのだ。

 年寄りが多いのはまだしも、どんどんと人口は減っていくし、ちょっとしたイベントがある度に住民が殺到する様は見ていてみっともなく感じてしまう。新しい店がオープンしてもすぐに潰れてしまい、帰省の度に寂れていっているという実感を否応なく感じさせられる。

 その一方で彼女の言う通りでもある。

 それなりに歴史があるから、ちょっとそこら辺を歩けば古き良き景色が散見される。教会や赤レンガの倉庫は元より、港町である事を活かした朝市なんかいつの時代も定番の観光スポットだ。戊辰戦争の舞台となったあの場所は街のシンボルとして全国的に有名で、花見の時期には見事な桜が咲く。ピエロが目印のご当地バーガーのおかげで地元トークの話題には事欠かないし、最近では新幹線が通るようになったおかげで駅前は随分と活気づいているらしい。


「それにさ、やっぱり観光客と地元民じゃ見方が違うでしょ。私の目には街の良いところばかり映るよ」

 彼女に言われてはっとした。

 確かにそうだ。

 歴史ある街並みと建物。グルメにイベント。彼女は街の良い所に目が行っている。

 どれも風情があったり、華々しくて見るだけで気分が明るくなるのは確かだ。

 対して俺はどうだろう。

 高校を卒業するまでの十八年間をあの場所で暮らした。

 人も建物も年寄りくさく、何とか街を活気づけようとして空回りしてばかりいる。

 そしてそういった光景を見る度に見上げた空がいつも雲で覆われているような気分になる。

 人の習性かもしれないが、悪いところばかりに目が行っていたのかもしれない。

 立つ場所が変われば見えるものが変わる。

 確かにその通りだ。


「だから行こうよ。観光しにさ」

「観光ね」

 地元を観光ってどうなんだよと苦笑してしまう。

「そう。観光。別にご両親に挨拶をさせてほしいんじゃないの。ただね、これから長い時間を一緒に過ごすんだよ。その人の故郷が良い場所だって私に教えてほしいの。俺の故郷ってすげーんだぜって言える人って格好良いと思うから。それとも私と一緒にいたくない?」

 論点がずれてるんじゃないかと思ったが、彼女の前で格好良いところを見せたいし、何より彼女と一緒にいたくない訳なんか無い。

「敵わないな」

「決まりね」

 にかりと笑う彼女の笑顔を見て、地元に帰った時にはこれ以上の笑顔にしてやろうと内心で決意する。

「カナダからおっきな木が送られてくるんでしょ」

「クリスマスのあれか」

 高校二年の時の現国の教師がその第一回目の企画、運営に一枚噛んでいる事を授業中に言っていた事を思い出し、彼女にその話をしたらどんな反応をするだろうかと想像する。

「見てみたいな」

「それじゃあ十二月だな」

「うん。函館に行こう」

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