第49話

(どうすりゃいいんだ……)

 部下たちが一蹴される光景を見つめながら、ジンは絶望的な心地で呻いた。

 最初は自分が、次にはミネットが傷を負わされ、今はキュルが傷どころではなく狙われている。ミネットが気を逸らさせることもできず、自分は捨て置かれたまま身動きが取れず、怪物を止める術もない。

 このままでは恐らくキュルがやられ、ミネットがやられ、最後に自分がやられるだろう。

 それを止める術が全く思い付かない――いや。

(そもそもあいつは、どうして……)

 ふと。ジンは悠長だと自覚しながらも疑問を抱いた。怪物はどうして――

(急に狙いを変えたんだ? 思えばキュルだけじゃねえ。ミネットの時もそうだった)

 だからこそ自分が捨て置かれている。動ける者からというのなら、腕に傷を負ったミネットが、進攻を塞ぐ邪魔をするまで無視されるのも納得できないことだった。

 誰がどうだという判断をしていない。ジンの目にはそんな風に見えた。

 ならば何によって判断しているのか。

 禍。

 奇怪な謎の怪物。理性があるとは思えないその生物は、何によって動くというのか――

(あいつは……)

 その時。ジンの頭によぎるものがあった。

 いつか見た、禍という怪物について自分が知り得る限りのもの。

 それはほんの短い文章でしかなかったが。

 『我ら、あのものにつきて見誤りたりき。封ぜざらばならず、されど封ぜられし禍が、かかるもの封印すれど最も適したるは、たち悪したはぶれなり』

(……そうか、あいつは)

 はたと閃いて。

 ジンは我知らず伏せていた顔を上げた。

 そこではミネットが再び進攻を防ごうと前に飛び出し、一度、二度と怪物の腕をかいくぐったところで、しかし反撃に出たところを狙われ、下腹部に強烈な蹴りの一撃を受け、飛ばされていく光景が繰り広げられていた。

 そしてとうとう妨害するもののなくなると、改めて”目的”へと狙いを向ける。その視線に捉えられたキュルは、一時的にでも意識を失っていたのかもしれない。咳き込み、息を喘がせながら、ようやく上体を起こして禍の方へ向き直ったところだった。

 ジンはそこへ向けて、可能な限りの声を張り上げた。

「キュル! その秘宝を怪物に渡せ!」

「え? ひ、秘宝って……この宝石のことっすか? でもこれは――」

 突然に言われ、混乱した様子で自分の手にある赤い石と、ジンと、さらには今まさに迫り来ようとしている怪物とに視線を彷徨わせる。

 が、ジンは急ぎ、さらに続けた。

「そいつは要するに、秘宝の門番みたいな奴なんだよ! そんで門番がいるってことは、つまり『持ち出し禁止』って書いてあるのと同じだ!」

「そうなんすか!?」

「全然違うと思うわよ!?」

「で、でも確かに、そう言われるとそんな気もするような……」

 反駁したのは床に這うミネットだったようだが、キュルの方は多少の納得を見せていた。

 まだ逡巡しているようだが、その背を押すつもりで、ジンが叫ぶ。

「宝なんざ後でいい! このままじゃ――お前らが殺されるだろうが!」

「ルグォァアアアアアアッ!」

 禍が吼え猛った。

 そしてその暴悪なまでの音声を引き連れながら、キュルへ向かって突進し始める。

「……わかったっすよ!」

 キュルはまだ逡巡を完全に消したわけではないようだった。

 しかしそれでも決意を固めて叫ぶと、眼前に迫り来る怪物に向かって、どこかヤケクソでもありながら手の中にある秘宝を投げ付けたのである。

 赤い石。血の蠢くような奇怪な輝きを持つそれが、さしたる回転もないまま、しかし勢いだけは激しく禍へと向かう。それは――

 そのまま、吼えるために開けていた怪物の口腔内へと飛び込んでいった。

 怪物は反射的に、それを噛み砕こうとしたに違いない。実際、湾曲した牙を持つ口は一瞬のうち閉じられ、けたたましい硬質な音を立てさせた。

 直後――

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