第41話

 人がひとりだけ通れる程度の木扉が付いている。これはどの部屋へ行くにも同じものらしい。それを通ると、そこは今しがた見た光景とほとんど同じ状況だった。

 いくつもの棚や机、空き瓶、そこに加えてなんの用途かわからない、不可解な器具が転がっている。どれも破壊されており、健在な姿を想像するのが困難なものすらあった。

 いずれにしても目当てとする大秘宝どころか、部下の獣人たちを少なからず納得させるお宝の類も見当たらず、ふたりの視線が強くなる。

 次いで、左の部屋へと進む。そこは足を踏み入れた途端、奇妙な寒気のようなものが感じられたのは、まさか部下の冷ややかな目のせいというわけではないだろう。

 あるいは実際に気温が低かったのかもしれない。

 壁や床にひびが走り、様々な残骸が破壊痕として残っているのは変わらないが、少し違った気配がある。部屋が今までよりも多少広く作られているというだけでなく、残骸の数々が異なっているようだ。棚や書架の類が見つけられず、代わりに一抱え以上もある巨大な水槽の割れた破片が散らばり、あの禍ですら入れそうなほどの大きな箱がいくつかある。しまいには石像まで見つけられた。それもやはり、ワニではないにせよ、なんらかの獰猛な太古の生物を模したものらしい。

 これが動きそうもないということだけは、ジンたちの安堵の種だった。それはワニの石像のように首だけでなく、四肢をばらばらに砕かれていた。

 それでも薄気味悪さを抱かされ、三人は最後に右の部屋へと向かった。

 足を踏み入れると、左の部屋とは正反対に、今度は熱を感じた。暑いというほどではないが、ほのかな温かみ、地熱のようなものを感じ取ったのである。

 それが関係しているのか否かわからないが、どうやらこの部屋が最も広いらしい。というより、そこを部屋と呼んでいいのかはわからなかった。

 正しく評するとすれば、通路と呼ぶべきかもしれない。それくらいに縦長の空間だ。

 あるいは、祭壇だろうかとも思う――入り口から左手の方向に真っ直ぐ伸び、左右には規則正しく、等間隔に石柱が並んでいる。そしてそのどれにも、禍のような不気味な怪物が彫刻されており、三人は共に息を呑まざるを得なかったのだ。

 ただしどの石柱も人の背丈の数倍はあるものの、天井までは届いていないため、正確には石柱というより、円筒形のオブジェといった方がいいかもしれないが、それがなおさら、なんらかの恐るべき事実を暗示しているようで、部屋に篭る熱を超えて三人を凍えさせた。

 いずれにせよ、これも突然に動くということはない、というのが唯一の拠り所だった。なにしろこの石柱たちも他と同じように大半が破壊され、完全に倒壊しているものもある。床に危うくひびが入り、天井こそ高さのおかげで無事らしいが、その鬱憤を晴らすように壁や石柱に破壊痕が多く見られた。

「で……ボス?」

 一通りの見て回り、最初の部屋に戻ったところで、ミネットが不満そうに言ってくる。

 ジンは聞こえないふりをしようとして、散乱している残骸の中から、まだしも健在な書物を手に取ったりもしてみたが。

「なんか不気味ってだけで、お宝っぽいものは何もないんだけど?」

「これじゃただのお化け屋敷っすよぅ」

「い、いやほら……もっと詳しく見てみないとわからないし。ほら、この本とか」

 強行し、自信満々に望んだ結果に対し、ジンも流石に気後れしていた。

 かといってあっさり諦め、認めるわけにもいかず、どうにか食い下がるように取り繕う。

 そうしながら指差した、自分の手にしている書物は――よくよく見てみれば古い日誌か、覚書のようなものらしかった。表題こそ何もないが、中身は量にばらつきのある書き込みや、なんらかの資料の切り抜きを貼り付けたページもある。

 やはり読めないほどに破損や腐食が見られ、なおかつやはりどれも古い言葉でつづられていたものの、必死に中をめくっていくと、いくつか目に留まるものがあった。

 ジンは部下たちの抗議の声をどうにか耳から追い出すためにも、それに目を走らせた。

 『このかた極めて扱い難し。かの秘、探るに適しかたここより他なし。人知記しき書の読み解ききを築かせしも、あららかにて誤りと量るべからむ』

 なんとなし、ジンにはそれが単なる愚痴に思えた。他のものよりも文字が粗雑に見えたのも、その思いのためかもしれない。あるいは粗雑だから、そう思えたのか。

 ともあれ次に見つけられたものも荒っぽい文字だったが、そこには正反対に生真面目であると同時に、興奮した様子が感じ取れた。

 『かの秘、我らの鍵となりし。終には生を操るものならむや。生ならざるを生み、生まれしを帰す。我ら求めしより大なる極めし末を見たり。人知これを使はずとはくらきなり』

 そして最後に読み解けたものは、さらに荒い字で、焦りと絶望が感じられた。

 『禍封ずべかりき。されどこのかた封ずのみには足りず。かの秘探るはもはやせられず。僻事再来せしは推し量れり。賢しきを持ち合わせたる者、この地をかるべかからむ』

「……うぅむ」

 その内容は、またしてもジンにとって全てを理解できるものではなかった。

 しかしそれでも、なんらかの恐ろしい事実の暗示を明確に感じさせながら、それ以上にジンの野望を叶える大秘宝の存在を明らかにするものでもあった。

 少なくとも『かの秘』というのが大秘宝に違いないだろう――ジンはそう読み取って、次にはその大秘宝がどこにあるのか、そしてどうやって用いるものかを探ろうとさらに夢中になってページをめくっていた。が――

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