六章

第40話

■6

「禍ってのは、あの怪物の名前に間違いねえ」

 無人になった遺跡の通路を歩きながら、ジンは声を潜めてそう話していた。

「つまりあの禍って怪物が、あの壁の姿で何かを封印してたってことだ。だとすりゃ、あの奥にはもちろん、その封印された何かがあるってことだろ?」

「そりゃまあ、そうかもしれないっすけど」

「だからって……ねえ?」

 引き返さず、怪物――禍のいた通路のさらに奥へと進もうと言ったジンは、部下たちにその理由を説明してみせたのだが、ふたりは完全には納得した様子を見せなかった。

 それはひょっとすれば、封印されているものの正体をぼかしているせいかもしれない。

 しかし、それを白状するつもりはなかった。ジンにはその正体がはっきりとわかっていたのだが、だからこそ明かせないのである。

(『あのもの』は『エクセリス』に間違いねえ。ここまできて、こいつらにそれを知られるわけにはいかねえからな)

 胸中でそう呟いて、ほくそ笑む。

(今度こそ、もうすぐ……もうすぐ俺の野望が叶う。俺を散々馬鹿にした人間の大人どころじゃねえ。獣人だって相手じゃねえくらいの、力が手に入るんだ!)

 そうして、視線を強める。丁度そこは、禍が石像を破壊した場所だった。

 首のない怪物の石像が横たわり、砕けた石の残骸が撒き散らかされている。その中に混じって、壁の残骸もあるのだろう。

 ジンたちはそれを踏み越えて、さらに先へと進んでいった。

 通路は――当然かもしれないが、奥へと続いていた。もはや壁はない。それはジンの考え通り、禍が道を塞ぎ、何かを封印していたことを示すものに他ならなかった。

 しばらくは続く通路の間、奇妙なことにその左右に別の部屋は存在しなかった。

 全てが壁。それもかつては壁画が描かれていたかもしれないが、今や擦れて削り取られている、平坦な石色をした壁だけだ。

 ひょっとすればそれは――と、ジンはふと考えた。あの禍という怪物が、壁を擦りながらじわじわと通路の先へ這い進んだために削られてしまったのではないか、と。

 いずれにせよ通路を歩いていくと、それもやがて終点となった。

 正面に、真紅の色をした重苦しい鉄の扉が現れたのである。

「ここが……」

「目的の部屋だろうな」

 ジンは口の端が吊り上がり、声に不敵なものが混じるのを止められなかった。

 足が急き、先頭に立って、自分の背丈よりも大きな鉄の扉に手をかける。

 それは分厚く、見た目以上の重量を持っていたが、それでも不気味に軋む騒音を通路内に響かせながら、ゆっくりとその口を開けてみせた。

 キュルのリュックから残る一つのランプを取り出し、それに火を灯してから中へと入る。

 灯りをかざすと、そこに部屋の内装が浮かび上がった。

 しかし――それはジンが期待して、想像していたものとは異なってた。

 真っ先に頭に浮かんだのは、自分たちがつい先ほどまで隠れ潜んだ部屋である。それとほとんど大差がないと思えたのだ。

 広さはそれよりも多少上回っている。しかし根本的な内装は変わっていない。天井、床にも特別な仕掛けの類も見えず、せいぜいが上からいくつかのランプが垂らされ、室内を照らしていたらしいということだけだ。机も棚も書架も、数や大きさは違えど、デザインの差もない。大半が透明なガラス瓶で、中に何かが入っているものは一つもない。

 大きく異なっていることといえば――それらが全て破壊されているということだ。

 その光景も、今までに何度か見てきたものではある。しかしここはそれを上回るもので、何かによってひどく荒らされ、壁という壁には殴りつけられたような痕があり、天井であっても危ういひびが走っている。おぞましい悪臭がしたのは、ガラス瓶の中に入っていた液体が気化し、漂い続けているためだろうか。

「この感じ……いや、まさかそんなはずは」

 ジンはその有様に対する恐怖というよりも、失望の思いで部屋の正面奥へと足を向けた。そこには、さらに別の部屋へと通じる扉があった。

 というよりも、よくよく調べてみれば正面のみならず、左右にも扉があり、どうやらいくつもの部屋が連なっているようだった。もっともそうでなくとも、一部のには穴が空き、そこから人が悠々と通れるほどになっていたが。

「一応、部屋はたくさんあるみたいっすだけど……」

「なんか嫌な予感がするわね。ダメな意味で」

「そ、そんなはずないだろ? 俺にはいい予感がびんびんだぞ」

 過去の顛末を思い出し、半眼を向けてくる獣人たちに、慌てて言い返す。

 ジンたちはまず、正面の部屋へ進むことにした。

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