第22話
水責めの罠を抜けた先は、箱の怪物から逃げていた時と同じ、溝のある通路だった。床が水に濡れているのは、先ほどまでの濁流のせいに違いない。
今はその溝いっぱいに、水が溜まっている。
そしてその底には、植物の蔦が幾重にも重なりながら沈んでいた。
「これって、さっきの蔦っすよね?」
「ひょっとして……これが水を塞き止めたのか?」
ジンはそうした推測を立てた。
「植物が助けてくれたってことっすか?」
「何言ってるのよ。植物が勝手に動くはずがないし、そんな都合よくあたしたちを助けてくれるはずがないでしょ?」
獣人たちが全身を震わせ、水滴を撒き散らしながら言ってくる。
ジンはその散水を受けて迷惑そうに顔をしかめたが、ともかく。
「どこかにある水源に侵入してた蔦が、入り口に詰まったのかもしれないだろ?」
「それならまあ……わからなくもないけど。でもやっぱり都合が良すぎない?」
「そりゃそうだけどさ」
「あ、じゃあ、箱の怪物が助けてくれたっていうのはどうっすか!?」
キュルの説は無視された。
「まあ他に思い付くこともないし、何より助かったんだから、いいとするか」
気を取り直し、ジンは改めて自分の服を絞り上げた。足元にぼたぼたと水が落ちるのを見てから、通路へと顔を向ける。
自分たちの落ちた溝の方角にも通路はまだ続いていた。そちらへと足を踏み出して、
「それじゃ、先に進むとするか!」
「まだ行くわけ!?」
抗議の声を上げてきたのはミネットである。ジンはそれに大きく頷いた。
「当たり前だ。元々命懸けなんだから、死にそうになったくらいで退けるか」
そうして部下たちに、早く来いと手招きする。ふたりは一度顔を見合わせてから、仕方ないと肩をすくめて従ったようだった。
ランプ――未だに火を灯し続ける優秀なものだ――を手にしたキュルが先頭となり、ジンとミネットが続く。足の下には水の溜まった穴があることを意識してぞっとするが、床にまで穴が空いているということはなく、三人は悠々とそこを通り過ぎた。
そうしてから、キュルがふと言ってくる。
「そういえば親分と会った時も、今みたいに危機一髪だったっすよね」
ジンはそれを聞き、虚空に視線を這わせた。キュルと出会った時のこと――それを忘れていたわけではないが、
「……ありゃちょっと違うだろ」
「そっすか? でもおいら、あれで親分についていこうって決めたんすよ。ミネットだってそうっすよね?」
「あ、あたしは別に、そういうわけじゃないけど……」
ついっと視線を逸らす、猫の部下。だがキュルの方は思い出に浸り始めたようだった。
「懐かしいっすねー。なんせおいらがまだ、親分だった頃っすから――」
---
「おいらたちは盗賊団っすよー! 追い剥ぎするから、金目のものをよこすっす!」
町と町とを近道で結ぶ、裏街道とも呼ばれる細道。
古木と廃屋の並ぶその道で、キュルは十人近い盗賊たちの先頭に立ち、そう言い放った。
宣言を受けたのは老馬である。年老いた牝馬の獣人と呼ぶのが正しいか。ともかくキュルが率いる盗賊団は、その老馬が引く荷車を狙ったのである。
老馬はロバの獣人にそう告げられ、喫驚したようだった。あわあわと取り乱し、腰を抜かしてへたり込んでしまう。そして両手を合わせると、懇願に言ってきた。
「お、お願いします、どうか見逃してくだせえ。おらぁ年寄りだもんで、こっちの道じゃねえと体力が持たず、仕方なく通っただけでして……」
「うーん。でもおいらたち、盗賊っすからねえ」
困った顔で振り返ると、部下たちからは「当たり前だ!」とか「こっちだって食い扶持が掛かってんだ!」といった声が飛んでくる。一方で老馬も、
「なんとか今日中に、これを町まで届けんと、寝たきりの孫が……」
「寝たきりなんすか!?」
「ええ……何をするにも寝たまんまで、家から出ようともせんもんで……」
「そりゃ大変っすよ!」
背後の部下からひそひそした声が上がるが、ともかく――
「そっす! いいこと思い付いたっすよ!」
キュルはしばし考えてから、パッと顔を明るくさせた。
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