第16話

「でも親分、斧なんかでどうするんっすか?」

 暴風吹き荒ぶ遺跡の中へと戻ってきたのは、ジンの捻挫が治ってからだった。

 灰色の斧を手に、以前のように通路脇の壁に背を張り付けたキュルが問いかけてくる。

 ジンも同じ格好をしながら、しかし今回は不敵に笑ってみせた。黄色の斧を持ち上げて、

「俺たちは別に、罠を解除するために来た先遣隊じゃねえんだ」

「どういうことっすか?」

「通れないってんならな――」

 意を決するように、ジンは壁から背中を離した。

 そして足を踏ん張り、暴風に全力で抗いながら、斧を振りかぶって叫ぶ!

「自分で道を作っちまえばいいんだよ!」

 叩き付ける一撃は、幸運にも追い風に変わった突風によって威力を増したようだった。

 ジンは人間外の、それこそ獣人の力に匹敵するのではと思える力で、恐るべき神性を秘めるらしい黄色の斧の刃が、風によって疲労した壁に叩き込まれる感触を得た。

 実際、刃はほとんどが石の壁の中に埋まったほどである。

 その成果に満足して、また声を上げる。

「キュル、お前もやれ! こうやって壁を壊せば――」

 言いながら斧を引き抜き、もう一度叩き付けようとした時。

 どこかから、低い地鳴りのような音が聞こえてきた。遠くではない。近く。

 いやそれどころか――それは間違いなく、目の前から聞こえてきたものだった。

「もしかして……」

 そして次の瞬間。

 ズゴゴゴゴゴゴゴ!

「ぎゃああああああああああ!?」

 斧の一撃を受けた壁が、復讐とばかりにジンに向かって崩れ落ちてきた。

 悲鳴はすぐに瓦礫に埋もれ、聞こえなくなる……と同時に、風の音も止んだようだった。

「あ、親分! 今の衝撃で風が止まったみたいっす!」

「ふ……ふふ、ふ。ど、どうだ、俺様の計算され尽くされた罠解除方法は」

「そうだったんすか? 流石っすよ!」

 瓦礫の中から発される死にそうな呻き声も、しっかりと聞くことができる。

 その声、というより瓦礫から生えた腕に向かって、キュルは賞賛の拍手を送っていたが。

「どう見ても偶然だけど……いいからさっさと助けてやりなさいよ」

 ミネットはその一部始終を眺めながら、溜息と共に肩を落とした。

 結局――どうやら部屋の壁を崩したことで、連鎖的に通路内の壁も崩れ、奥にあった風を起こす罠をも破壊したようだった。キュルが瓦礫を撤去し、若干広くなった通路を進んだ先で、折れた巨大なプロペラらしきものを発見できたのである。

「そういえば昔、風を起こして空を飛ぶ研究がされてたみたいね。その研究所の跡地に行ったことがあるわ。鳥種族がいればいいだろって言われてすぐに潰れたみたいだったけど」

 と語ったのはミネットだった。一方でジンは、人間の社会では現在でも同様の研究がされていることを思い出したが。

 ともかくそうした罠の脇に横道があり、進んでみれば一つの部屋に繋がっていた。

 広さはそれほどでもない。集合住宅の一室よりは広いか、という程度だろう。そこには倒れた棚や割れた瓶、箱、あるいは風化した何かの塊などが散乱していた。

 部屋中を探索してみたものの、他には何も見つからなかったのだ。

 当然、大秘宝『エクセリス』も、だ。

「苦労したわりに、なんにもないっすね……」

「またこんな結果なわけ?」

「今度こそ間違いないと思ったんだけどなあ」

 非難がましいふたりの声に、ジンはジンで不服に口を尖らせる。

 元より、大秘宝がそれほど簡単に手に入るとは思っていなかった。なにしろそれは獣人の起源であると同時に――彼らの命綱にも等しいのだから。

 伝説によれば、大秘宝『エクセリス』は圧倒的な身体能力と、長大な生命力を与えるものとされている。しかしそれはなにも、獣だけに作用するものではないらしい。

 獣人が生まれるよりも遥か過去。それこそガラスのパンプスや二本の斧にまつわる伝説の中で登場する神々が跋扈したと言われる、神話の時代。『エクセリス』によって力を得た人間は神々に戦いを挑み、世界の覇権を握ろうとしたという伝説があるのだ。

 後に獣人が生まれ、人間が迫害されることになったのは、その時の怒りを神々が忘れいないためだとする学者もいるほどだった。そして同時に、獣人たちが『エクセリス』の存在を知らないのも、神々が同じ過ちを繰り返させないためだろう、と。

(それが事実なはずもないが――)

 ジンは考えて、首をひねった。

「なんでこんな部屋の前に、罠なんか仕掛けたんだ?」

 いくらなんでも奇妙だった。電気の罠は、まだいくつかのガラクタが置かれていた。しかしここには、なんの価値があるとも思えないのだ。ガラクタすら置かれていない。

(ダミーの部屋、にも思えないな。何かに使われてたようだけど……)

 そこまで考えて、なおさら疑問が浮かんでくる。

「親分、何してるんすかー。もう行きましょうよー」

「もうここまで来たなら、お宝の一つや二つ持って帰らないとやってられないわ!」

「ああ……そうだな」

 部下たちに促され、来た道を戻っていく。その間にも、ジンは考え込んでいた。

(そもそもこの遺跡って、元はなんだったんだ? 遺跡ってくらいなら、もっと祭壇だとか、珍妙な儀式っぽいものだとか、そんなのがあってもよさそうなもんだけど)

 メイネリア大遺跡。思えばこれが建てられた年代も、用途も、ジンは知らなかった。

 それどころか、獣人たちからもその伝承を聞いたことがなかったのだ。

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