第7話

 獣人盗賊団の三人は万全の準備を整え、再びメイネリア遺跡に訪れた。

 以前と同じ道を通り、以前と変わらぬ電気罠のある水浸しの部屋の前に辿り着く。奥では一本角の羊馬怪物が、電気を発して青白く光っている。

 ガラスのパンプスが入っていたケースは、ジンがこっそりと割っておいた。部下に対しては「高速で手を出し入れしたら割らずに抜き取れた」と説明してある。

 もっとも完全に納得したのはキュルだけだったが、ともかく――

「……で、なんであたしが履くのよ!」

 ガラスの上で恐々と足を震えさせながら、抗議してきたのはミネットである。

 ジンはロバの部下と顔を見合わせて、当然として答えた。

「その靴は女物なんだから、お前しかいないだろ」

「あたしもこんなの履いたことないんだけど……」

「おいらたちも履いたことなんかないっすから、大丈夫っすよ!」

 元気付けているらしいキュルの言葉には、恨みがましい半眼が向けられたようだが。

「とにかく、どっちにしたって俺らの足じゃ入らん。お前だけが頼りなんだよ」

「……わかったわよ、まったく」

 耳の根元辺りに手を置いてやると、ミネットは口を尖らせながらも渋々と頷いた――実のところこれは、ミネットに対する一種の懐柔策である。頬や耳の付け根を撫でられると、どうにも気分がよくなるらしい。

 従順にさせるには喉をくすぐるのが一番だとキュルは言っていたが、その時の彼は引っかき傷だらけだったのを覚えている。

 ともかくミネットは慣れない靴で、恐る恐ると水の上に足を踏み出した。

 ぺちゃりと控えめな音を立てて波紋が広がる――が、狙い通り電気は流れなかった。

「おおっ、やったっすね!」

 キュルの声に反応して、ミネットが緊張した面持ちで一度振り返って頷いてくるのを見て、ジンも頷き返して先へ進むことを促した。

 そして二歩、三歩。水の上でも、やはり電気を受けることなく歩いていく。

「いいぞ、もう少しだ!」

「電気を防げるのはいいけど、やっぱり歩きにくいわよ……」

 ぎこちない足取りで、そろりそろりと一歩ずつ足を踏み出していくミネット。

「で、伝説の女の子は……よくこんなので、踊りなんかできたわね」

 ぼやく声も聞こえてくる。またそうでなくとも、靴はミネットの足に対してやや小さく、踵を踏むというか、爪先立ちの形になっていた。猫なのだから爪先立ちは得意そうだが、靴を履くとなれば勝手が違うようだ。

 そうやって慎重に、そして危なげに進んでいき……それでもどうにか像の前に辿り着く。

「はあ、はあ……なんとか、ここまで来られたわね」

「よし! そのまま像を蹴り壊しちまえ!」

「えぇっ、もったいないっすよー」

 キュルが抗議の声を上げてくる。が、ジンは軽く頭を小突きながら言い返す。

「持ち帰れねえもんは、ただのガラクタだ。駄賃にもならねえなら壊した方が楽だろう」

「そりゃそうっすけどぉ」

 それでも不満そうなキュルは無視して、改めて破壊するよう指示を出す。

 何度か蹴り付ければ壊せるだろうし、電気を発するような機構は複雑怪奇に違いなく、なおさら簡単に壊せるだろう、というのがジンの見立てだった。

「って、簡単に言ってくれちゃって……歩くだけでも精一杯だったっていうのに!」

 ミネットは不服を呟きながら、それでも片足を後ろへ引いた。むしろその怒りをぶつけるように、青白く光る怪物の像に向けて爪先を――叩き付けようとした時。

 しかしミネットはバランスを崩すと、つるりと足を滑らせた。

「あれ?」

 足を振り上げ、背中から身体を投げ出す格好で宙を舞う。

 そのほんの短い瞬間に、ミネットはきょとんと大きく瞬きして、

 バヂバヂバヂバヂッ!

「アニャニャニャニャニャニャ!?」

 くるりと綺麗に回転して着地を決めたはいいものの、水に直接手足が触れて、彼女の身体には電流が流れたらしかった。

 悲鳴を上げながら激しく明滅する部下を見て、ジンは頬を引きつらせて冷や汗を流し、隣の部下は暢気に「意外に骨は見えないっすねー」などと言っていたが……

 がしゃあんっ!

 と、ガラスの割れる音と共に、部下は発光をやめたようだった。

「な、なんだ? どうしたんだ?」

 ぷすぷすと煙を上げて水上に倒れ込む焦げたミネットに、何が起きたのかと首を傾げる。キュルに預けていたランプをひったくり、状況を確認しようと火の光をかざすと――

 そこには割れたガラスの靴と、その破片の中で倒れた怪物の像が転がっていた。

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