獣人盗賊団

鈴代なずな

一章

第1話

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「よし……ここまで逃げれば大丈夫だな」

 ぜえはあと息を切らしながら、男――ジンはようやく足を止めた。

「いやあ、危なかったっすねー」

「無駄に走らされちゃったわ」

 その隣で平然としているのは、同じ距離を走ってきたはずの男女である。

 ジンは彼らを恨みがましく一瞥してから、しかし物陰に隠れつつ、今来た道を覗き見る。

 逃げてきたのは、旧街道である。砂利の多い土の道が狭い幅のまま長く伸び、町同士を繋いでいる。ただし旧というだけあって、今は整備もされず、荒廃する林道めいた姿を見せるようになっていた。

 ジンが隠れ潜んだのは、その中腹に建つ潰れた宿屋である。

 廃屋となってしばらく経つのだろうが、植物の蔦が巻きつくだけで、壁も屋根も健在であるため、拠点として利用するにはうってつけだった。

 追っ手がいないことを確認すると、ジンは酒場か食堂だったらしい一階部分のホールで息を付き、盗んできたものをカウンターの上に並べた。

 ――そう、”盗んできた”のである。

「せっかく途中まで上手くいってたのに、ボスがスキップなんかしてるからよ」

「う、うっせえ!」

 呆れた様子の女に赤面して怒鳴りながら、ジンは尊大に腕組みしてみせた。

「目当てのお宝を手に入れたら小躍りするのが、俺たち『獣人盗賊団』の決まりなんだよ」

 自分たち三人組に、そう名付けたのはジンだった。

 獣人盗賊団――

 それを結成してから、一年ほどが経つだろうか。最初は名前に反発していたふたりの部下も、今やすっかり慣れた様子である。「名前の格好悪さはともかく、そんな決まりあったんすか?」とか「名前どころかルールまで格好悪いわね」などと囁き合っているが。

「とにかくこれを祝わずにはいられねえってもんだ。祝杯を挙げるぞ!」

 ジンは気を取り直すと、懐からお気に入りの瓶を取り出した。

 しかしそれを見て、声を上げたのは男の部下である。

「祝杯って……またアレっすか!?」

「なんだ、俺の酒が飲めねえってのか?」

「いや、酒も飲めませんけど……親分が飲むのって酒じゃなくて、レモンジュースとかいう変なのじゃないっすか」

「変とはなんだ。それが嫌ならオレンジジュースもあるぞ」

「おんなじっすよ!」

 二つ目の瓶を目の前に置かれ、部下の男は切実な顔をして悲鳴を上げながら後ずさった。

 これはいつものことではあったが、ジンはいつも腑に落ちない心地で口を尖らせる。

「なんだよ、この辺じゃ滅多に手に入らない代物だってのに」

「そりゃ、そんな酸っぱ臭いのを飲むのなんて、親分くらいだからっすよ……」

「あんた鼻が悪いんじゃないの?」

「なっ、ななななな何言ってやがる!?」

 女の部下に鼻を指差され――

 ジンはその瞬間に凄まじく驚愕し、大慌てで首を横に振り回した。

 黒い髪を振り乱し、清廉潔白を主張する罪人のように両手を挙げると、震える喉で叫ぶ。

「お、俺は間違いなく”獣人”だぞ! 人間の何万倍も鼻がいいんだ! ほらほら、耳だって頭の上についてるし」

 と言って、被っている帽子に空けた穴から顔を出す、”狼の耳”を指差してみせる。

 部下たちは、何をそんなに慌てているのかと呆れた様子だったが。

「そりゃわかってるっすけど」

「ちょっと格好良い耳だからって、いちいち自慢しないでよね」

「あ……ああ、そ、そうだな。悪い悪い、つい」

 そこでようやく冷静さを取り戻し、ジンはゆっくりと息を吐いた。

(危なかったな……俺が”人間”だってバレたら、どうなることか)

 過去。ある時、突如として知性と、それ以上に膨大な力を手に入れ、人間と同じように二足で立ち、激しい戦いの末に人間を大陸の端へと追い詰めた動物たち――

 それが、獣人だった。彼らが生まれたのは数十年前だと言われている。もちろんジンはその当時に生まれていたはずもないが、彼らがまだ単なる”動物”であった頃の話は、人間の古株たちに何度も聞いていたし、自らも進んでその知識を仕入れていた。

 そうしたのは他でもなく、彼ら獣人が人間と同じような文化を築きながら、今でも人間を忌避し、迫害し続けているという現状のためだった。

 だからこそ今、獣人たちの社会で生きていくためには、例え盗賊団の仲間に対してであっても、人間であることを知られるわけにはいかないのだ。

(けど、それももうすぐ終わる)

 ジンはカウンターの上に置いた今日の首尾を手で撫でながら、胸中でほくそ笑んだ。

 過去、獣が知性と力を手に入れた理由――それは伝説によれば、『エクセリス』と呼ばれる大秘法の力によるものらしかった。

 そして今、その大秘宝の在り処を示すものが、自分の手の下にあるのだ。

(これがスキップせずにいられるかってんだ!)

 盗み出したのは、古文書と地図である。

 書物の方は古語で書かれているため一部しか読み解けなかったが、そこに大秘宝を暗示する文言と、バツ印の付けられた地図があるだけで、確信するには十分だった。

 ましてそれが権威ある古美術館に恭しく展示されていた代物であれば、ジンに疑いを挟む余地など生まれるはずもない。

(現実主義とかいう負け人間の大人どもには、そんなもん実際には存在しないだとか、あったとしても手に入るはずがないだとか笑われたが……ほらみろ、俺が正しかった)

 記憶にある顔に唾を吐きかける心地で、笑う。

(もうすぐだ。この大秘宝さえ手に入れれば、俺たち人間の――いや、俺様の天下だ!)

 ジンは胸中で歓喜の雄叫びを上げると、今度は実際に口に出して告げた。

「それじゃあ早速行くぞ、お前ら! 目指すは東にある、メイネリア遺跡だ!」

 そうしてレモンジュースを飲み干すと。

 返事を聞く間もなく、ロバと猫の姿をした獣人たちを引き連れて、宿を出た。

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