第26話

パチリと電気を切って書庫を出る

事務所に戻ってパソコンに向かう

有線の音楽

電話の呼び出し音

プリンターの音と社員たちの声

今日は煩く感じない

この音もみんな繋がってるんだと思った

どれが欠けても回らない歯車

ー君がいないと進まない

上司の言葉

私もそのひとつ?

誰でも出来る仕事をして、毎日機械のようにただただ作業を繰り返してきたと思っていたが

そうじゃないのかもしれない

休んだら、今まで見えなかったものが見えた気がした

……いや、私の場合、見ようとしなかったものかもしれない

パソコンにデータを入力しながら私らしくない心境の変化に驚いた

そもそも私らしいって何だ

今まで必死に築いてきた壁は、気付いた上で見下ろすと呆れる程脆いとわかる

180度考えを変える気はないけれど、見方を変える必要はあるのかもしれない

ーまた話せますか?

彼の言葉

彼なら、聞いてくれるだろうか

どうしてそう思うのかわからないけど、

彼なら話せる気がした






「はい」

って言った

しかも笑顔だった

僕のこと覚えててくれた

僕のおかげだって言ってた

ありがとうって言ってた

それから何て言ってた?

これはマズイ

初めて女の子と話した中学生みたいだな

キョドってなかったかな

顔赤くなってないよな?

電車の中でのことを思い出して頭の中がもう何考えてるのか自分でもよくわからない


とりあえず、とりあえずだけど

糸は切れなかった

少し手繰り寄せられた……?

……イヤフォンを、外して歩いたんです

そういえば彼女はそう言っていた

電車での彼女はいつもイヤフォンをしていた

それを外して歩いたと言った

わざわざ話題に出すほどのことか?

…いや、彼女にしたらそうなのかもしれない

嬉しそうに言っていた

普段なら考えられないこと?

まさか それくらいあるだろ

もしかしてないのか?

としたらイヤフォンを外して僕と会話したことはすごいことなんじゃないのか?

いや、ちょっと冷静になれよ

いくらなんでも良く捉えすぎだろ

いやでも…

ああもう 煩いな!ほら、仕事仕事!!

舞い上がる脳味噌を理性で黙らせて

「いらっしゃいませ!」

いつもの笑顔で客を迎えた

「にーちゃん 今日も元気だねー」

常連の客が声をかけてくる

「ありがとうございます!それだけが取り柄ですから」

笑顔で返す

そうだ 僕の取り柄と言ったらこれくらいしかない

それに今は仕事中だ

自分がそれほど器用じゃないことは最近認識したばかりだろ

ひとつひとつ、目の前のことに向き合っていこう

仕事も、彼女のことも

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