第15話

当たり前のことだが忘れていた

少しだけ気を引き締めようと思った


駅に向かうと終電間際だというのに

思ったより人がいる

みんなご苦労なことだ

日本人働き過ぎだろ

ホームに向かってしばらく待つ

人はいるのに誰も喋らない

こんな時間だし、当たり前か

みんな疲れた顔をしている

しばらくするとアナウンスと共に電車が到着した

扉が開き乗車する

結構混んでるもんなんだな

空いてる席を探してみるが……無さそうだな

ぐるりと辺りを見回す

車両の前方を見た時、目を疑った


彼女だ

いや まさか でも

朝と同じく手摺りに掴まって、真っ暗な窓の外を見ている

静かな車内で姿勢よく佇んでいるその様

……やっぱり彼女だ

こんな時間に乗って帰ってるのか

心臓がドクンと鳴る 耳の奥で響く

声をかけたい

そう思った時、彼女の耳にあてられたイヤフォンが目に入った

音楽が好きなんだなと思ってたけど

静かというより冷たい横顔

……そうだ、違うのかもしれない

もしかして、周りの音を聞かない為?

急に彼女の静寂が見えない壁に見えた

窓の外を見ているのも、そういうことか

何かを見ているのではない

余計なものを見ないようにしているのだ


何かがストンと落ちるように納得した

直接聞いて確かめたわけではないが、

恐らくそうだ

電車の揺れに身を任せながら、

静かにまばたきをする

途中の駅で乗り降りする他の乗客が肩をぶつけても、一瞥もくれようとしない

まるで、そこには彼女以外の人間などいないかのようだ

これでは声をかけるどころの話ではない

認識してもらうのにも一苦労しそうだ

神聖な人形は透明な箱の中で後ろを向いている

さて、どうやってこちらを向いてもらおうか


考えているうちに自分の降りる駅に到着した

ホームに降りて振り返ると、

扉が閉まって電車はゆっくり動き出した

彼女はこちらを向いてどこか遠くを見ているようだ

窓越しのその姿はまさしくショーウィンドウに飾られた人形のようだった

ため息をひとつついて、僕は改札を出た

昼間とは違い人気のない道を自転車に乗って家へと向かう

街灯の下の野良猫と目が合う

猫ですら目を合わせてくれるのにな

参ったな

どう斬り込んで行けばいいのかさっぱりわからない


次の日も、そのまた次の日も

終電間際の電車に彼女は乗っていた

一度たりとも目が合うことはなかった

僕はただ、彼女を覆う見えない壁を見ていた

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