第12話

アナウンスと共に電車が到着する

昨日は確かこの辺から乗った

もう既に満員に近い車両に乗り込み、

ぐるっと辺りを見回した


いた

前の方の扉の近く

手摺りに掴まって窓の外を見ている

車内アナウンスと電車の走行音の中

彼女の周りだけ静寂に包まれているようだった

そこに行けばまばたきの音も聞こえてきそうな…

そんな気がした

やがて彼女は目的の駅で降りていった

乗っている間、表情はひとつも変わることはなかった

不思議な子だなと思った

昨日と同じように彼女が降りた扉を見つめていたら

自分の降りる駅に到着した


「おはようございます」

挨拶をして事務所へ入る

「おはよう!今日も早いね」

店長が僕に声をかける

「新人ですからね 皆さんより遅いわけにはいかないですよ」

本当は他にも理由はあるのだが

「そうか!いい心掛けだな」

店長は、へぇ、という顔をしてそう言った

「おはようございまーす」

「おはようございます」

間もなく次々と他の子たちも出勤してくる

「おはようございます!」

僕はみんなに挨拶を返した


朝礼の後、昨日と同じように開店作業にまわる

5分前になると店内に音楽がかかり出す

自動ドアの向こうに客が並んでいるのが見える

「開店しまーす」

「いらっしゃいませ!」

「おはようございます!」

並んで挨拶をしながら客を迎える

今日も忙しくなりそうだな

さて、頑張るか




そんな毎日を繰り返しながら、3ヶ月ほど過ぎた

仕事には慣れたし、この店にも慣れた

常連客には顔も覚えられている

僕を選んで声をかけてくれる客もいるほどだ

「お兄ちゃん、今日はどの台が出るの?」

「それは僕にもわからないですよー

でもヒキ強いから、いつも出してるじゃないですか!」

こんな会話もしょっちゅうある

客の中には店員と仲良くなると得だ、と思っている人もいるようで

やたらと話しかけてくる人もいる

出玉は店が操作しているとでも思っているのか

しかし中には厄介な考え方をする人もいるので

客との距離の取り方は注意しないといけない

踏み込み過ぎず、よそよそしくならないように

微妙な距離を保つ

あくまで「遊戯」であり、

他のレジャー施設と同じ感覚でいてもらいたいのだが

お金がかかると人は簡単に豹変する

大音量の音楽

液晶の画面

大人たちが目の色を変える

初めの頃こそ凄いと思ったが

最近になって怖さも感じるようになった

脳内で分泌されるアドレナリン

一度覚えた快感はなかなか忘れられないらしい

大金を手にし、有頂天になった脳は

また同じ快感を求めて繰り返す

何度負けても

「以前こんなに勝ったことがある」

「一度勝ったんだから、また次も勝てるはず」

幻影にしがみついて離れようとしない

なのに負けた時の悔しさはすぐ忘れてしまうらしいから

なんて都合のいい話だ、と思う

いい年をした大人が店舗という箱の中で一喜一憂している姿は

見ていて面白い

その人の本性が炙り出されている

その人がどういう人間なのか、すぐにわかる

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