炬燵で眠る

《伝説の幽霊作家倶楽部会員》とみふぅ

炬燵で眠る

「なぁ兄ちゃん」

「どうした弟よ」


俺の向かいに座る弟が話しかけてきた。

俺達は現在、この忌まわしき寒さから逃れるため炬燵でだらけていた。

弟は両手でゲームのボタンをピコピコ動かして遊び、俺はみかんの皮を剥いていた。

弟とは普段は別居しているが、今日は俺の家に泊まりにきている。


「兄ちゃんはクリスマスどうすんの」

「弟よ、俺に彼女がいるのは知ってるな」

「うん」

「『炬燵の中から出たくない』だとさ」

「そんな断り方するってことは、兄ちゃんのこと嫌いになったとか?」

「かもな」

「兄ちゃん御愁傷ざまぁ」

「弟よ、慰めるのか貶すのかどっちかにしてくれ」

「ようこそ非リアな兄ちゃん。冬なのに男同士のむさ苦しいクリスマスを過ごす権利を持つ哀れな兄ちゃん」

「心を抉ってくるなよ、泣くぞ」


そんな感じで二人で仲良く?談笑?しながら、俺達は炬燵でのほほんとしている。


「そういえば兄ちゃん知ってる?」

「なんだね弟よ」

「炬燵の怪談」

「そういうのは夏の暑いときにやるものであって、冬にやったら凍死してしまうわ」

「大丈夫だよ、炬燵で温まってんだから」

「それもそうか。それでどんな話だ?」


弟はゲームを弄りながら、世間話でもするように話始める。




炬燵で温まってると眠くなるでしょ?


あるところに、妻と二人暮らしの男がいたんだ。


その人は大層炬燵で温まるのが大好きで、炬燵で眠るのが日常だった。


だけど彼はいつの日か、忽然と姿を眩ました。


妻が警察に捜索願いを出したけど、警察の捜査でも手がかりは見つからず、死亡扱いになった。


そしてそれからしばらくして、妻の元に奇妙な現象が起こったんだ。


彼女が冬に炬燵で眠っていたら、明かりを点けたままだったために、真夜中に目を覚ました。


時間は丑三つ時、つまり午前2時頃。


あくびをしながら妻はなんとはなしに布団を持ち上げて中を見たんだ。


当然そこには熱源の発熱で赤く照らされた、自分の足があった。




だけど、それだけじゃあなかったんだ。


よく見ると自分の足の横にもう一組の足があった。


骨が浮き出るほど痩せ細った、だけど女性よりも太い足。


とっさに女性は布団から手を離して、足の伸びる方角の炬燵を見たんだ。


だけどそこには誰もいない。


女性は恐怖を覚えながらも、その布団を持ち上げて確認しようとした。







その途端、彼女の腕は炬燵の中から伸びてきた腕にがっしりと掴まれて。





布団で影ができた隙間からぎらつく二つの眼が彼女を見つめていた。




「……ふーん。それでその女の人はどうなったの?」

「彼女はその後、何事もなく日常に戻ったように見えた。だけどその後、男の両親、彼女の両親と続けて、それぞれの自宅で干からびて死んでいたらしい。あまりにも不気味な現象に、彼女は発狂した。頬は痩け、目の周りは落ち窪んでいるのに、目だけがギラギラ輝いていた。彼女の様子を見た人達は『まるで幽鬼のようだ』と恐れ戦いたらしい。そしてその数日後、必死の形相で干からびた彼女の死体が炬燵の中から見つかった」

「おいおい……」

「この怪談から、『もし炬燵で、あるはずのない足を見たら不幸になる』っていう噂が流れるようになったんだ」

「なるほどなぁ」

「……兄ちゃんが合いの手入れるから、怖さがなくなったじゃないか」

「そんなこと言っても、明るい部屋で、片やみかん食って、片やゲームして、寒さも炬燵が吹き飛ばしてくれる状況で怪談っていう地点で怖さなんてないようなもんだろ」

「それもそうだね。うーん……」


弟がゲームを炬燵に置き、身体を伸ばす。


「眠くなってきたし一眠りさせてもらうね。後で起こして」


弟が身体を横に倒す。


「あ、弟よ」

「なんだい兄ちゃん」

「さっきの話って、作り話なのか?それとも……実話?」

「……さぁ?僕も噂に聞いただけのものだから真実は分からないよ。でももし真実なら……」


弟がニッと微笑を浮かべた。


「夫はどうして行方不明になり、妻はどうして死んでしまったんだろうね?」





「……やべ、俺も寝ちまってたか」


上体を起こすと凍てつく寒さが身体を蹂躙する。ぶるっと震えて眠気が吹き飛ぶ。

弟が寝た後、適当にゴロゴロ時間を潰していたのだが、いつの間にか落ちてしまったらしい。

くそ、これだから炬燵ってやつは。これほどまでに冬に至福のときを与えてくれる暖房器具があるだろうか、いやない。ストーブも温かいが、布団で優しく包み込み、温もりを全身へと伝えてくれるのは炬燵だけだ。


とある漫画でも炬燵の説明で「一度入ったら二度と出られない。人を怠惰な快楽に浸らせ、やる気を全て吸いとる四角いブラックホール。それが炬燵だ」と言ってるもんね。

まさにその通りだよ。ブラックホールはないけど。

もう炬燵の中だけで過ごす生活でもいい気がしてきた。

ダメか?ダメだね。ダメだよ。


時計を見ると、時刻は午前2時。オタクや呑んだくれ以外はほとんど寝ている真夜中まっただ中である。……2時か。


先程の弟が話していた怪談を思い出した。

向かいにいる弟の様子を見ると、すぅすぅと規則的な寝息が聞こえてきた。まだ眠っているようだ。


俺はそれを確認するなり、そっと布団に手をかける。


そこには熱で赤く照らされた自分の足。


足の裏を見せてこちらに突き出してきているのは弟の足。




そしてその二つの足の側に、もう一つの華奢な足が━━。





「ん……」


向かいでごそごそと動く音が聞こえて慌てて布団を下ろす。弟が上体を起こして眠たげな表情でこちらを見る。


「ふわぁ……。兄ちゃん、おは」

「お、おぉ。おは……」

「?どうしたの?」

「いやなんでもない……」

「ふーん……あっ」


弟が時計を見て、俺の様子に合点が言ったように呟く。


「もしかして兄ちゃん……怖くなっちゃった?」

「ば、馬鹿野郎。そんなわけあるか」

「ふーん……」


弟が布団に手をかける。


「本当かどうか確かめてみようか」

「おい馬鹿、やめろって……」

「炬燵の中はどうなってるのかなぁ」

「やめろって!」


俺の怒鳴るような呼び掛けに━━。




「……ぷ、あはは」


突然、弟は楽しそうに笑いだす。


「兄ちゃん本気にしすぎだよ。所詮怪談ってのは誰かが呟いた都市伝説とかと同じようなもんなんだから」

「そ、そうか……」


俺は額に無駄な冷や汗を流すはめになった。


こうして弟は炬燵の中を見ることはなく、この話題は笑い話としてお開きとなった。








それから数日、俺は『不幸になるかもしれない』という不安を抱えながら過ごしていたが、特に何も起きることはなく、心の中でほっと安堵した。




弟の言った通り、所詮は噂話の類いであったようだ。








そしてそんな話を聞かせてくれた弟は


あの日からずっと


俺の彼女と共に炬燵で眠っている

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