フェーズ:020『キミとボクのシェアハウス』

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Title:『キミとボクのシェアハウス』


好きな子ができた。

俺と同じバイト先で働く、大学2年の女の子だ。

見た目はハッキリいって可愛い、というか綺麗系。


切れ長の瞳と、ストレートの黒髪ロングヘア。

切りそろえた前髪が印象的で、

自分をさらけ出さないミステリアスな雰囲気を持つ彼女は、

いつも男性客の視線を集めていた。


だから、家に遊びにこない? と唐突に声をかけられた時は、

正直、自分の耳を疑った。


でも、彼女の家を訪れてすぐに、

誘ってくれた理由が判明して、俺は苦笑いをこぼした。


「前に飼ってたペットに……似てるんだ。」

「そう、けんちゃんって子……。

 すごく可愛くて、他のどの子よりも元気だった。」

「ははっ、可愛いはさて置き……元気ってとこは、確かに似てるかも。

 つーか、他にもペット飼ってるの?」

「庭にある小屋が見える? あそこで、みんなのびのび暮らしてるの。」


歴史を感じさせる武家屋敷風の日本家屋。

その広大な庭園の一角に、小屋とは思えない立派な離れがあり、

そこから動物の鳴き声が聞こえ、独特の獣臭が風に乗って流れてくる。


「動物……好きなんだ。」

吐き気をもよおしそうになるほどの臭気に顔が歪む。

けれども、ここで嫌な態度をとるわけにはいかない。

俺は無理して笑って、彼女の趣味に理解があるように振る舞った。


「うん……大好き。」

無垢な笑顔を向けられると心が弾む。

広大な屋敷にひとり暮らしという謎めいた魅力と、

一般的な女の子にはない雰囲気が恋心を加速させてゆく。

俺はふたりの距離を縮めたくて、矢継ぎ早に質問を浴びせた。


「動物の世話って大変そうだけど、

 けっこう長く飼ってる感じ?」

「おばあちゃんが飼い方を教えてくれたの。

 最初にお世話した子は、おじいちゃんだった。」


「へぇ、それで……だんだん多頭飼いするように?」

「おばあちゃんが、多頭飼いのほうが飼いやすいって言ってたから、

 生まれてすぐ捨てられちゃった子や、

 野良の子を保護するようになったの。」


「その中に、けんちゃんも?」

「そう、元は近所で飼われてたんだけど、

 里親に捨てられちゃったんだって。」


「へぇ、そんな子まで面倒見るなんて……優しいんだね。

 でも、それだけ飼ってたら……大変なこともあったんじゃない?」

「……そうだね。病気とか怪我でお星様になっちゃう子もいたよ。」


「それでも、やっぱり飼いたくなるなんてすごいね。

 俺には絶対無理かな……。

 だって、しつけとかむずかしいでしょ?」

「そんなことないよ。昔は、厳しくしつけてたけど……。

 最近は便利なしつけグッズがあるもん。」


「ふぅん、例えばどんなの?」

「吠えると鼻にかけるアルカリ性のスプレーとか、

 首輪から微弱な電流が流れるやつかな。」


「そんなのあるの? なんだか……電気とか聞くと、

 ちょっと怖くなっちゃうね。」

「悲しそうな顔されると胸が苦しくなるけど、

 上手にしつけられた時は嬉しいよ。

 しつけは、その子のためでもあるから。」


「みんな、キミの言う事をしっかり守るの?」

「たいていの子は、最初に脱走しようとするんだけど、

 小屋で過ごすうちに逃げなくなるし、

 今はほとんどの子が鎖でつながれてないよ。」


「まるで、ベテラン調教師みたいだな!」

「ふふっ、キミってやっぱり……けんちゃんみたい。

 話してると、すごくホッとする。」


名ばかりのバイト主任としてコキ使われる俺だけど、

今日だけは自分を褒めたくなる。

パーフェクトな対応力を発揮した俺は、

くすぐったそうにはにかむ彼女に笑いかけた。

すると、彼女は俺の手をふわりと握り――。

「ちょっと、小屋の中……見てく?」

堅牢そうな離れに視線を向けた。


「いいの?」

「うん、キミなら大丈夫だと思うから。

 そうだ……もし、気に入ったら、

 ずっと一緒にいてもいいよ。」

「えっ、それって……つまりシェアハウス的な?」

問いかけを甘い笑顔で包み、彼女が手を引く。

俺は淡い期待に胸を膨らませながら、離れの扉をくぐり抜けた。


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