白刃と過去Ⅷ

 これだけの重装備に精鋭を揃えた軍でさえ、このアルテル遺跡に踏み込むことは簡単ではないのだ。体内に溜めこんでいる魔力の量が多ければ多いほど外からの魔力の影響を受けにくくなる。ミニアやバーンのような優秀と言われている人間さえ少し精神に異常をきたしている状況なのだ。


 長時間遺跡内にいることができる人間は相当に限られる。大きな都市を守る兵士たちでもその条件を満たすことは難しいのだ。


「ようよう、雁首がんくびそろえて何のお祝いだ?」


「白いバーリンの捕獲となればマギステルだけではなく、ダマスカスからも兵を借りることができたのだ。それだけ君たちのやっていることの愚かさの証明でもあるな」


 以前にマギステルで派手に争った時よりも数倍に増えた兵士は、村正の姿を見てその手に持った銃型杖を構えなおした。


「物騒だな。今日はずっと黙っていなきゃいけなかったことをようやく吐き出せたんだ。ずいぶんと機嫌がいいのが台無しだぜ」


 ゆっくりと見せつけるように村正の右腕が腰の得物へと伸びていく。右手が円を描いて刀に触れるのを誰もが固唾かたずを飲んで見守っていた。


 抜けば必ず誰かを斬る。


 それがわかっているのに、誰もそれを止める術を持たない。ただそこにいるだけで世界を支配しているような圧倒的な存在感。


「わざわざ斬るつもりはないが、死んでも責任はとらねぇぜ?」


 普段ならニ刀をそれぞれの手に持つはずの村正が一刀を両手でしっかりと握ったまま高く天に向かって突き立てた。


「ちょ、ちょっと待て! 貴様、それをどうするつもりだ!」


 アルテルに充満する魔力が天に掲げた白刃へと集まってくる。光を反射して白く輝く刀身に黒くうねるような魔力が流れ込んで、その密度はすぐさま人の目にもはっきりと見えるほどになってくる。


 もはや村正の腕までも黒く染め上げられている。並の人間ならそれだけで腕が焼き切れるような感覚に襲われていることだろう。


「いくぜ。ちゃんとこらえろよ?」


 どこか楽しそうな声色と振り上げた暴力はまったく釣り合っていない。これから彼らを襲うのは純然たる力による押しつけに過ぎない。何かが起これば、悪童の笑顔でなかったことになるものではないのだ。


 それでもたった一人の意思だけでその暴力は振り下ろされる。その結果を知っているのは村正だけだった。


 振り下ろされた白刃は黒い魔力と白い煌めきをまとって襲いかかった。整列された兵士たちの列を縦断した一閃からこぼれ落ちた魔力の奔流が全てを覆い尽くしていく。

 そのあまりにも長い一瞬を満足そうに見つめていた村正は、刀をまた腰に差すと、誰一人として立つことのできない道を悠然として歩き始めた。

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