白刃と教団Ⅶ

「ふぅ、なかなか楽しかったぜ」


 倒れ伏したトカゲバーリンの体からずるりと村正が抜け出した。そのままふらりと地面に片膝をつくと、ごろりと倒れて大の字になる。やはり魔力の消耗は大きいようで、息が上がっている。


 巨大なトカゲの姿をしていたバーリンも命を失って少しずつ肌の色が黒く染まり始めていた。死んだバーリンはこうして魔力の結晶となっていく。月明かりを浴びて怪しく光る魔力の結晶はまさしく村正が作り上げた成果だった。


「こいつはまた、ずいぶんな大物だったな」


「当たり前でしょ! 普通ならいくつ命があっても足りないわよ」


 寝転んだままの村正をミニアが槍の柄で小突く。大の字になった村正は抵抗することなく目を閉じたままその心地よい攻撃を受け入れた。


「信じられないわ。あれを一人でなんて」


「妖刀にも魔力があるし、アーロンドにもさらに魔力が蓄積されているのはわかる。でもただの刀が剣術を極められるのか? あの動きは本物だった」


「前にもあの妖刀がとりついてた相手がいるんじゃないの?」


 反論する体力もない村正がおとなしくしているのをいいことにミニアが好き放題に言っている。


「ぬしよ、大丈夫か?」


「ん? あぁ、ちょいとやり過ぎたがな」


「そうか。よう頑張ったな」


 片方の刀を鞘に収めて、くしゃりと顔を歪めて涙を浮かべたサイネアの頭を村正がゆっくりとなでる。


「そんな顔するなよ。あいつにまた怒られるだろ」


「うむ。少しすれば落ち着く」


 指で自分の目元を拭って、サイネアは笑顔を見せた。その表情に安心したように、村正は上半身を持ち上げて、自分を鞘の中へと収めた。


 その瞬間にまたアーロンドの体ががくりと崩れ落ちる。


 それを見て離れた場所で様子を見ていたミニアが慌ててアーロンドの元へと駆け寄った。


「大丈夫なの?」


「本人がそう言っておったんじゃから大丈夫じゃろう」


 サイネアがお返しするようにそっとアーロンドの頭をなでる。


「妖刀とアーロンドは違うわよ」


 トカゲバーリンだった黒い結晶の隣に横たわったアーロンドの顔は汗をかいて光ってはいるが穏やかだった。


「魔力を消費しすぎたんだろう。休めばまた元気になるさ」


「人間は魔力を使うと疲れるのか?」


 アーロンドの腕を肩に回しておぶったバーンにサイネアが問いかけた。彼女はまだ自分の体が魔力でできていることに懐疑的かいぎてきなようで、アーロンドの体と自分の両手を交互に見比べている。


「人間は使った魔力を回復できるのか」


「詳しいことはまだ完全にはわかっていないけどね」


 アーロンドをおぶったバーンがゆっくりと宿に向けて危ない足取りで歩き始める。ふらつく体は細身のアーロンドと比べればずいぶんと目方もありそうだが、力はそれに比例するわけではないらしい。


 その横で軽やかな足取りのミニアが縛られていた二人をまとめて抱き上げている。


「まったく非力なんだから」


「馬鹿力の君と比べないでくれよ」


「別に普通よ、このくらい。防衛っていうのは研究と違って楽じゃないんだから」


 村人が列を成して進んでいた道を反対に戻っていく。あれだけいた村人、バーリンたちは全て村正の手によって岩山の片隅に転がる結晶と化してしまった。さらに信奉しんぽうされていた巨大なトカゲバーリンまでも。


 バーンは背中にアーロンドの重みを感じながら、自分がついさっき目の当たりにした異常な事態を思い出していた。誰かに話したところで取り合ってくれる人間などまったくいないだろう。


 村に戻り、空っぽの宿の部屋にアーロンドを寝かしつけた。本当に村の中にはバーリンしかいなかったのだろう。生き物の気配は少しも残っていなかった。あの村に入った時に話しかけてきたのも、宿で受付をしていたのもすべてバーリンだったと思うと、恐怖を感じる。

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