白刃と教団Ⅵ

「濃い、とはどういうことじゃ?」


「バーリンは生命を持っているけど、体は魔力が凝固したものだと言われているんだ。だから魔力の凝縮度が大きいものを濃いと表現したりするんだ」


 バーリンの脅威の度合いは大きさや姿ではなく魔力の凝縮度で決まる。体の中に詰まっている魔力が大きければそれだけ驚異的な力を発揮できる上に、人間側からの攻撃にも耐えうる強靭な体を持つことになる。


 事実、規格外の魔力を持つ村正はマギステルにおいてよく訓練された兵を相手に圧倒的な脅威を見せつけた。その村正の攻撃に耐えうるということはそれだけこのトカゲバーリンも脅威をその身に秘めているということになる。


「魔力を凝固した体」


 バーンの言葉を繰り返しながらサイネアは自分の両手に視線を落とした。


「あなたもそうなんでしょ? バーリンなんだから」


「うぬ、しかし」


 サイネアは魔法が使えない。バーリンが魔力を凝縮して出来た存在だとすればその魔力はいったいどこに隠れているというのか。この白い翼の中に魔力が隠されているというのなら、どうして自分は捨てられなくてはならなかったのか。


 サイネアはそれをバーンに問いたい気持ちをぐっと堪えてうつむきがちに言葉を飲み下した。バーリンの身である自分にすらわからないことなのだ。人間に問うのは酷というものだろう。


 サイネアの様子がおかしいことに気が付いたミニアが何かを言おうとしたところで、剣戟けんげきの音が真下で響いた。


「やる気出てきたじゃねぇか」


 あれほど緩慢だったトカゲバーリンが動き回る村正に大きな腕を振り回している。その暴風のような荒々しい一撃を刀を滑らせるように紙一重で避けていた。防戦一方。致命的な攻撃を受けていないだけ幸いにも見える。


「本当に大丈夫なのかしら」


 災害指定級というのは、文字通り生半可な相手ではない。ダマスカスの精鋭部隊が装備を完全に整えて数百人体制で相手をするような大物だ。市民も門の外のことだなどとは到底思えず、死の危険を感じて勝利を祈らなければならないほどなのだ。


 それはたとえ村正と言えども、真正面から正々堂々と言ってはいられない相手のはずだ。


「そらよ」


 返す刀でバーリンの腕を斬りつける。並みのバーリンならそれだけで命はないほどの一閃だ。それでもトカゲバーリンの鱗肌うろこはだは少しも傷ついていないように見える。幸い村正も刃こぼれしていないところを見るとほぼ同等と言っていいだろう。


 そこまで来ると初めて大きさという基準が二人を別つことになる。動物が魔法を使わずに争うとすれば間違いなく大きなものの方が優位に立つ。それは魔法が生まれるよりもとうに昔から自然の中に根付いていた摂理だ。それを覆すために人間は武器を作り、協力して生きてきた歴史もある。


 村正の数十倍はあろうかというこのトカゲバーリンとの差を両の手に握った刀二振りで覆すことができるとはその場にいる誰にも考えられないことだった。


 当の村正、一人を除いては。


「あぁ、本当にどうしよう。捕まる覚悟で応援を呼んだ方が」


 みるみるうちにミニアの声が震えていく。自分ひとりのことならばどんな状況でも動じないのに、アーロンドのこととなれば途端落ち着きが失われてしまう。


「バーリンの体はやはり魔力なのか」


 そうだとすれば何故魔法が使えないというのだろうか。もしそんなことがなければ群れを追われることもなかったろうに。


 今の状況に不満はない。時々アーロンドが見せる寂しそうな微笑みを見ているとむしろこちらに来たほうがよかったとさえサイネアには思えた。しかし、それと住んでいた場所から追われるということはまったく違う話だ。


「なぁ、妖刀の魔力も濃くなってきてないか?」


 拮抗する戦いは既に三人にはまったく手のつけられない領域まで達している。ただ見ているしかない状況で、さらにその上があるなど味方にしても信じがたい光景だった。


「だいぶ馴染んできたな。あいつもやる気が出てきたか」


 激しく交差する連撃の中で村正の姿が歪んで見え始める。濃すぎる魔力が周囲の空気を震わせて人間の目には蜃気楼しんきろうか現実か理解が追いつかないほどだ。


「ちょっとばかり本気出せそうだな」


 いつもはだらりと腕を垂らす独特の構えが変わる。右半身を前に出して右腕を体に巻きつけるように後ろに回し、左腕を天に刃先を地に向けて顔の前にかざす。


「本当にまだ上があるの?」


「妖刀もだけど、アーロンドの体はどうなってるんだ?」


 アーロンドの体内にある魔力がほかの人間と比べても多いことはバーンにもなんとなくわかっていた。それでも災害指定級のバーリンと一騎打ちができるほどなどバーンもミニアも想像だにしていなかった。それが今、目の前で現実に起こっている。


 周囲の空気すら振るわせる高濃度の魔力から発せられた音が岩肌に反響している。


 村正の圧力が増すことに呼応したようにトカゲバーリンが大きな咆哮を上げた。


「決着が近いようじゃのう」


 高まる魔力をどこか羨ましそうに見つめながらサイネアが呟くように言った。


 威圧いあつ殲滅せんめつ抹殺まっさつ


 ドス黒い負をまとうような両者の戦いを見つめながらサイネアはどこか懐かしい温かさを感じていた。バーリンの群れの中で感じたものではない。もっと昔、別の場所で出会ったような気がする。


「せあああ!」


 村正が雄叫びを上げてバーリンに飛びかかる。無言のまま姿を消し、目の前の敵を蹴散らしてきた村正が叫んでいるところを三人は初めて見た。つまりそれだけの相手と対峙しているということだ。


 その口を大きく開き、トカゲバーリンは輝くばかりの牙をもって迎え撃つ。その危険の中に村正は躊躇いもなく飛び込んだ。


 前に出した左の刀でギロチンのように襲ってくる牙を受け止め、口の中にするりと入っていく。一瞬の静寂の後、爆発したような魔力の奔走とともにトカゲバーリンの体が縦に両断された。

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