白刃と魔法Ⅷ

 街道を走り、整備されていた道が少しずつ荒くなり、舗装のない土の道に変わったところで四人はようやく足を止めた。顔には大粒の汗が浮かび、息も荒く整えるのには時間がかかる。木陰に入って後ろを気にしながらも、ミニアとバーンはゆっくりと腰を落ち着けた。


「どうやら追ってはないみたいだな」


「そりゃそうよ。あれだけ警備兵を倒されちゃマギステルの警備ができなくなるもの」


 首都のダマスカスほどではないにしてもマギステルはかなりの大型都市である。その防衛機能がほとんど麻痺したとなれば、たとえバーリンの少女という研究対象がいるとしても簡単に追ってくることはできない。


「つまらねぇな。なら俺は戻るぜ。あいつによろしくな」


 追っ手がこないことがわかると、村正はわざとらしく溜息をついて首を振った。


「なんじゃぬし、もう行ってしまうのか?」


「斬る相手がいないんじゃ俺の仕事はないからな。ただどこかに行くわけじゃない。あいつも俺もここにいるさ」


 ひゅんと風切り音を立てて村正が刀を払う。そのまま流れるように刀身を翻すと、鞘に自身をしまい込んだ。


 それと同時に村正の意識が断たれ、ぐらりとその体が木にもたれかかる。ずるりと地面に落ちる前にアーロンドは幹をつかんで体を止めた。


「どうなりましたか?」


 木にもたれかかったままずるずると地面にへたり込んだアーロンドは一気に憔悴しょうすいしたように額の汗を拭った。自分ではないものが勝手に疲れさせてくれるという恐怖は他の誰にもわからない。


「誰も殺してないわ、もちろん警備兵もよ」


「そうですか。それはよかったです」


 まだ虚ろな瞳でアーロンドは微笑んだ。何度も村正に頼ったことはあるが、これほど消耗しているのは初めてだった。それだけ村正とアーロンドの中で斬るという行為への負担が違うのだろう。それはつまりアーロンドの体は多数の人間を斬り伏せるだけの力を持っているということでもある。アーロンドにはそれが恐ろしかった。


「なかなか話の分かる男じゃったぞ」


「話の分かる?」


 隣にしゃがみこんだサイネアがアーロンドの顔を覗き込む。ずいぶんと楽しそうなサイネアの表情にアーロンドは困惑してしまう。


「あぁ、本当にな。三度の飯より人殺し、って噂も聞いてたのに結構落ち着いてたぞ」


 バーンもサイネアに同調する。


「まったく言いたい放題だな」


 腰に差した村正が溜息をついたように声を上げた。


「たまには子供のわがままも聞いてやらねぇとな」


 アーロンドは言い訳じみた村正の言葉に移されてきたように溜息をついた。


 木陰は少しずつその大きさを狭めている。追っ手は来ていないとはいえ、休んでいる時間も残されているとは限らない。


「しかしこれからどうするかな」


「戻れるわけないんだから先に行くしかないでしょ。あーあ、新車は没収かなぁ」


 ミニアは立ち上がって体を回すと、やけになったように槍を振り回して気合いを入れなおす。もう少し女性らしい気分の切り替え方はないのだろうか、と思うのだが、いまさらミニアにそんなことを求めるのも無理というものだろう。


「バーン、目的地はレリギオーでしたね」


「あぁ。歩きでも夜までには十分着くだろう」


「なら早く出発しましょう。宿をとらなければならないならせめて良い場所をとらなければ」


 アーロンドはまだしっかりしない足で立ち上がる。太陽の光を顔に浴びると、少し気分がよくなったような気がする。


「結局お二人を戻れないところまで連れてきてしまいましたね。すみません」


「別にいいわよ。毎日残業するのにも飽きてきたところだったし」


「そうだな。昔みたいでいいじゃないか」


 申し訳なさそうに言ったアーロンドに対してミニアとバーンの反応は明るかった。二人にとっては勝手に一人でどこかに行ってしまうよりは何倍も嬉しいことだ。


「なんじゃ、ぬしら昔も兵士に追われておったのか?」


「そんなわけないでしょ」


「遺跡巡りをよくしていたんですよ。こうやって街道を延々と歩いてね」


 ずいぶんと町から外れた街道に歩いている人の姿はない。それどころか動物もろくに通らない道をただ目的地に向かって歩いていく。それが無性に楽しかったのだ。


「ほら、バーンが案内してよ。一番詳しいんだから」


「わかってるさ。焦らずに行こう」


 ゆっくりと歩き出した四人は様々な束縛から解放されて、子供のように真っ直ぐレリギオーに向かっていく。

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