白刃と魔法Ⅶ

「ぬしはずいぶんと強いんじゃろう?」


 抜身の刀を持った村正ならば杖も持たず魔法も使えないサイネアを斬り伏せることなど簡単だ。それでも遠巻きに立ち尽くしたままの警備兵と違い、サイネアに恐怖というものは感じられなかった。


「それならば、誰も殺さずともこの場を切り抜けることもできるんじゃなかろうかの?」


「おいおい、嬢ちゃん。俺の仕事は敵を斬り伏せることだぜ?」


 困ったような表情で村正は袖を引くサイネアの顔を見た。戦場の真っ只中にあって、一人だけこの状況を楽しんでいる。圧倒的な威圧感がサイネアに逸れたことに安堵している警備兵さえいた。


「まぁ、そう言わず。たまには変わったこともしてみるもんじゃ」


「孫を諭すおばあちゃんみたいだな」


「そんなこと言ってる場合じゃないわよ」


 それぞれに槍と杖を構えたミニアとバーンも状況の打開策が思い浮かばない。村正を抑えるのが簡単ではないのは当然のことだが、村正に頼ることなくこの警備兵たちから逃れることも容易ではない。だからこそアーロンドも村正を抜いたのだから。


「やれやれ。わがままな嬢ちゃんだな」


 袖を引っ張ったまま離さないサイネアにようやく村正が折れたように頭を振った。


「そんな目で見るなよ。ったく仕方ねぇな」


 村正が刀を握ったままの手でサイネアの頭を二度軽く叩く。そうしてからようやくその動向を見守っていた警備兵たちに向き直った。


 それを見たミニアとバーンにも緊張が走る。全員は無理でも一人でも多くを助けることができれば、と握る杖に力がこもる。


「邪魔すんなよ。嬢ちゃんに免じて殺さないでおいてやる」


 村正がミニアを制して二刀を掲げた。その刀をくるりと回し、刃と峰の位置を入れ替える。元々魔力をまとった妖刀にアーロンドの魔力が合わさっている刀身は峰打ちをしたところで必殺の一撃に変わりはない。それでも手加減をするという意思表示を村正が見せたのだ。


「とっときな。生きて俺の太刀が見られるなんて幸せもんだぜ」


 だらりと脱力した腕から二本の刀が垂れる。そのまま石畳に落ちるかと思われた刀が高い音を立てる代わりに風を切る音が聞こえた。それと同時に村正の姿が消える。高速度の戦闘などバーリンとの戦いで経験してきたはずのミニアや警備兵たちにもまったく見えないほどの速度だった。


 視覚に入ってこない情報の代わりに聞こえるのはただ刀が何かに撃ちつける音。そのたびに警備兵が意識を断たれて石畳の道に倒れていく。


「これが、妖刀村正」


 噂にはもちろん聞いていた。もしもアーロンドの体を使って人をあやめようと言うのなら真正面から戦う覚悟もあった。そこまで考えていたミニアでさえも最早無意味だと悟って構えていた槍を下した。


 圧倒的。文字通り突風にはかなく吹き飛ばされる砂塵さじんのように警備兵たちがなぎ倒されていく。茫然自失ぼうぜんじしつのままその光景を眺めていたミニアとバーンはいつの間にか全身を震わせていた。


「いい夢見れたか?」


 サイネアの隣に立った村正は既に一刀を鞘に収め、ぽんぽんとサイネアの頭を軽く叩いた。いつの間にそこに立っていたのか誰も覚えていなかった。もはや立っているのは四人しか残っていない。見えない速さで行われた一方的な攻撃は確かに誰の命も奪わなかったようだ。


「さ、終わりだ。とっととずらかるぜ」


「悪役ね」


「実際こっちは悪役さ」


 道に倒れた警備兵たちを踏みつけないように注意しながら未だ水を打ったように静まり返っているマギステルから逃げ出した。市民さえも声を上げない中悠然と走り去る姿は悪と呼ばれていようとも清々しい。


 まだ少し物足りなさそうな表情で刀を握ったままの村正にミニアは一抹の不安を覚えながらも、警備兵を助けられたことに安堵していた。すぐ隣をばたついた情けない足取りで走るサイネアはどうして彼を止められたのだろうか? 考えたところでミニアには納得のできる答えが見当たらなかった。

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