第8話 ゲームマスターの夢

 『あの2人』とは、魔王城に転移してもらうことで会うことができた。数日かかって届いたメッセージにはアバターIDも記載されており、仮想世界内ですぐに返信できたからだ。


「我らが希望は遥かな時を経て叶えられた」

「貴男と再び相まみえし縁を嬉しく思う」


 うん、相変わらずだ。


 ふたりは、もともとはこの09:00からの冒険コースのみ参加する予定だったらしい。少し時間があったため、その前に格安の学園コースを10分だけ試したようだ。

 冒険コース参加の目的はレベル上げ…などではなく、GMに会うことだった。ふたりだけの仮想世界を作っていくにあたり、その道の権威である『関根教授』に直接話を訊けるのはとても貴重とのこと。行動力あるなあ。


「契機は貴男が送りし文にあり」

「一期一会の記憶に想いを馳せた」


 おおう、俺の文書がきっかけだったのか。運営といい、結構影響与えちゃったかなあ。


 すぐにGMと会えたふたりは、その後、ずっとGMと行動を共にしていたそうだ。ユーザが次々とログアウトしていく中、GMは辺境化してもなおこの世界に留まろうとしていたらしい。


「共感せし運命なれど、我らの理解と行動には及ばず」

「文を生みし貴男の声に希望を乗せ、世界の終を求めん」


 俺にGM説得できるかなあ。まあ、もともとそれが目的だったし、会うだけ会ってみるか。


「ユキヤ、君はよくこのふたりの言葉がわかるねえ…」

「あたし、なんとなくしかわかんない」

「私、『終(つい)』って表現初めて聞きました」


 いや、俺もはっきりとはわからないよ?フィーリングだよ、フィーリング。


「霧島雪夜の歌詞が妙な方向に向かわなければいいけど」


 そ、そんなことないよ?詩的でいいかもなあ、などと思ったりしなかったよ?



 ふたりの集団転移魔法で到着したのは、魔王の領地の外れにある小屋だった。GMはここを拠点に暗躍…活動していたようだ。


「おお、君があの『霧島レポート』のユキヤくんか。会えて嬉しいよ」


 ちょっと待て、なんだその陰謀の根源であるかのような呼称は。


「霧島雪夜、アンタこの世界をどうするつもり?」

「僕らはユキヤの手の平で踊らされていたわけか…」


 ほれみろ、読んだことがないこいつらが調子ぶっこいてるぞ。


「私が興味を引いたのは、君が、いや、君達が、何か月も仮想世界に滞在して、何事もないところだ。時間加速ゆえに、現実世界と断絶に近い形であるにも関わらず、だ」

「数か月どころか、今回は1年以上よねえ。カレンを除いて」

「あたしも、この世界を含めれば3か月以上かしら」


 この話題は何度となく出てくるけど、やっぱりよくわからない。


「ある実験で、ログアウト不可にして1か月間ダイブさせた事例があってね」

「デスゲームだ!」

「いや、現実世界で死ぬわけじゃないし」

「それが、そうでもなかった」

「え?」


 その実験では、ログイン中の情緒や睡眠パターンが極めて不安定となった上、ログアウト後も数日の間は現実世界が夢のように感じられ、相当危なっかしくなったらしい。ログイン前にかなりの報酬が約束された上に、娯楽コンテンツが随分と豊富で、被験者から苦情は出なかったらしいのだけれども。


「結局、誰でも『胡蝶の夢』とはいかない、ということですかね」

「それって、夢オチとは思えなくなってしまうってこと?」

「いや、夢だろうが現実だろうが、自らの経験として捉えきれないってことかな」

「…?よく、わかんない」

「マリナはさ、仮想世界の中で現実のような食事ができなくてログアウトしたくなった?」

「多少不満はあったけど、特には。マンガ肉美味しいし!」

「ぎゃ、逆に現実世界で、そのマンガ肉食べられなくて不満に思ったことは?」

「あるけど、サトミのお弁当も美味しいし!」

「お前、現実世界でもサトミの料理食いまくってるのかよ!」


 そういう意味では、あのハーレムパーティが心配なのだよな。肝心の彼がちゃんとわかっているみたいだけど。


「えっと、それで教授はそのことを調べるために、ユーザに異常を知らせず留まらせていたと」

「ま、まあ、いいじゃないか。結局、ほとんどのユーザはすぐにログアウトしたのだし」

「ふたりのこともありますし、運営には『ユーザの直接支援を優先していただけ』と伝えますけどね」


 現実世界側でも、時間設定のことを伝え忘れていたわけだし。文句は言えまい。


「助かる。それに決して、残ったユーザを実験台にしていたわけではないよ。したのは、私自身だ」

「教授自身?」

「私も夢を見ることができたということさ。今までは、仕事で行ったり来たりだったからね。利用者視点の、しかも、これほどまでに長い滞在は初めてだ」

「夢、ですか。『彼女達』との?」

「え、あ、いやあ、ははは」


 あ、ふたりがそわそわし始めた。マキノ、こういうのはホントに鋭いな。そういえば、仙人アバターでピンとこないけど、GMは教授といってもまだ三十代の独身とか聞いたな。これもハーレムか?


「気づかないのはアンタだけよ、霧島雪夜。せいぜい、作詞作曲の参考にすることね」


 え、していいの?詩的にしちゃうよ?



「では、私達は先に帰る。復旧作業を手伝うことになりそうだからね」

「共に過ごし時はまた巡る。此方より彼方へ」

「繋がれし運命は未来の礎。過去の言葉を育む」


 GMとふたりが、ログアウトしていく。彼女達の仮想世界はどんなものになっていくんだろうなあ。幸多き夢であらんことを。あ、なんかうつった。


「さて、僕達もログアウトしようか。09:20頃だから、学園コース1年目はとうの昔に終了しているね」

「お姉様、午後に延期したあたしのお仕事にお付き合いいただけますか?」

「私は、早速両親にレオンのことを報告します」

「サトミ、お手柔らかに頼むよ…」


 なんというか、レオンくんにはだんだん同情の気持ちがわいてきたというか。


「あたしは、学園や辺境でもマンガ肉食べられるよう運営に要望する!」

「世界観を壊すからダメじゃないかな」

「えー!?じゃあ、もう少し食べていく!」


 マリナの鶴の一声で、滞在が1日延びた。まあ、いっか。現実世界では、一瞬のような短い間だ。

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