第7話 魔王の身内

 魔王の領地には魔物が全くおらず、ただ広い荒野だった。お約束の魔人四天王とかも現れず、遥か彼方に見える魔王城に向け、ただひたすら歩くだけだった。

 カレンがうるさいのはあきらめたが、辺境世界の街から海岸までどころの距離ではなく、荒野でなんども野宿することになった。


「マンガ肉うめえー!んがぐぐ」

「マリちゃん、あわてないで。はい、リンゴジュース」

「ウイスキーもいいな。水割りよりもロックの方が味わい深い」

「お姉様、見よう見まねでカクテル作ってみました、どうぞ!」


 サトミが調理スキルに加えて収納魔法も獲得し、聖都で手持ち残高いっぱい食材を購入してくれたおかげで、毎回ビバーク状態だ。


「あの、ユキヤさん、また干し肉と簡易スープだけなんですか?」

「ん、ああいや、野宿ならこっちの方が雰囲気出ると思って」

「君も相変わらずだねえ。せっかくサトミがたくさん作ってくれるのに」

「いえ、現実よりも単純で簡単ですし、ユキヤさんがいいのならそれで…」

「ふたりがそれでいいなら、もう何も言わないけどね…」


 ん?マキノのやつ、またモテないがどうとか言い出すかと思ったのに。


「ねえ、霧島雪夜とサトミって、いつもあんな感じなの?」

「あー、うん、まあ。あたしも辺境世界の時点で早々にあきらめたというか」

「こんなんで、なんであんなラブソングが書けるのかしら…?」


 なんか、悪口を言われているような気がする。



「よし、クエストキーをここに挿して…うん、開いたな」


 ようやく魔王城に到着し、クエストキーを使って巨大な扉を開ける。ずっと奥まで廊下が続き、俺達は再び前に進む。


「広いわね…。聖都の王城よりすごいじゃない」

「そうだな。王城に大聖堂を加えて禍々しくした感じか」

「たとえがよくわからないわよ、霧島雪夜」

「いかにも魔王の城、だな。権力だけでなく宗教的な意味合いもあるのだろう」

「そうですわね、お姉様!」


 カレンはマキノと共にここに置いていった方がいいかなあ。いやでも、また守備AIが出たらふたりに頼むしかないし。むう。


「ユキヤさん、私も…」


 サトミが何か言いかけた時、


「ふはははは!よくここまで来たな、勇者共よ!ほめてやる!」


 テンプレな台詞の声が響いた。


 見ると、高い位置に設置された玉座にひとりの人物が座っていた。肘掛けに頬杖をつき、足を組んで見下ろすようにしていた。おお、イケメンだ。えらくハマっている。さすがラスボス。


「ほう、なかなか様になっている。魔王もいいが、勇者としてもイケるのではないかな」

「お姉様、あのようなタイプが好みなのですか!?」

「いや、今度のライブであのような演出をしてもいいかなと思ってね」

「お姉様なら黒いマントも似合いますわ!」


 ライブでそれはどうかなあ。


「ええい、余を無視するな!これでも喰らえ!」


 苛立った魔王から、威力のある炎弾がいくつも放たれる。


「マキノ、カレン、避けろ!当たると強制ログアウトするレベルだ!」

「おっと」

「きゃっ」


 ふたりともなんとか避ける。しかし、炎弾は次々と放たれる。


「くははは、反撃できまい!」


 くそう。カレンは近づけない、マキノは詠唱に時間がかかる。俺の聖竜は回復だし、サトミとマリナは攻撃魔法も防御魔法も取得していない。どうすれば…。

 待てよ?別に魔王AIを倒さなくてもいいよな?おそらくこの城のどこかにいるGMを見つければ…。


「ほらほらどうした!勇者の力はその程度か!」


 くっ、こいつを倒さないと他の場所に行けそうにない。詰んだか…。


 そう思った時、横にいたサトミがすっと俺の前に立ち、


「…レオン、こんなところで何をしているの?」


 え?

 あれ、攻撃がやんだ。


「ね、姉さん!?なぜここに!?」


 姉さん?…ああ、3つ下に弟がいるって言ってたなあ。

 って、サトミの弟!?AIじゃなかったの!?


「ここにいる人達と一緒に、残っているユーザさん達を助けに来たの。レオンは…助ける必要がないようね」

「え、だって姉さんはフルダイブ端末使ったことなくて…MMORPGは全然興味ないって…え?」


 あー、混乱している。そういえば、サトミとマリナがフルダイブ端末買ったのって辺境世界の時だから、まだ1か月くらいしか経ってないな。離れて暮らしている弟くんには言ってなかったってことか。


「ユキヤさん、私達以外で残っているユーザはGMを含めて4人、でしたよね?」

「あ、うん。最新の記録データだと」

「では、残りのふたりとGMを探しましょう。弟はこのままでもいいようですので」

「え、あ、いやでも、時間設定のことを伝えても」

「何?なんかあるの、姉さん!?」

「いいんです。行きましょう」


 サトミが、なんか怖い。


「ちょっと、姉さん!」

「ええい、うるさーい!」

「え、真里奈さ…ぐふっ」


 いきなりマリナが走り出して、魔王、いや、レオンくんをぶっ飛ばす。の後、バック転して俺の後ろに着地。え、なんで?


「お試しコースの時のデータが残ってた」

「データ?」

「職業、拳闘士」

「早よ言え」



「レオン・F・ミュリシア。残念ながら、私の弟です」

「姉さん、残念ながら、ってどういう意味?」

「そのままの意味よ、レオン」


 なんというか、サトミの怒り方って、真綿で首を絞めるようにじわじわとくる感じだなあ。ああうん、なんとなくわかってたけどね、なぜか。


「で、魔王城にずっと引きこもってたの?レオンくん」

「いえ、ここにも転移装置があるんです。『始まりの町』にしか行けませんけど」

「ああ、魔王討伐に失敗した時のためか」

「ある日GMに会って、逆に『始まりの町』から転移する方法を教えてもらったんです」

「隠しコマンドかな?いずれにしても、それでグランドクエストが発動したのか」


 やっぱりGMか。本当に、なんなんだろうなあ。ちなみに、GMのアバターは仙人みたいな風貌とのこと。ふむ。


「フレンドと一緒に魔王城に転移して、魔王vs勇者の模擬戦とかでしばらく楽しめたんですが、あらためて運営からメッセージが届いてみんなログアウトしちゃって」

「一緒にログアウトしなかったんだ」

「クエストキーがドロップしたことは知っていたので、迎え撃ちしようかなと」

「そして、お姉さんに返り討ちにされたと」

「魔王レオンを倒したのはあたしよ!」


 妖精アバターといい、マリナはロールプレイ向きだよね。


「とにかく、もうログアウトしなさい。いいわね?」

「わかってるよ。ユーザが皆無なら待ってても意味ないし、2年もいられないし」

「お母さんとお父さんには、私から今回のこと伝えておくわね」

「あの、お母さんには知らせないでもらえると…」


 お父さんはいいのかな。


「あ、そうそう。魔王城は僕しかいないよ?」

「え、じゃあ、残りのふたりとGMは…?」

「わからない。とにかく、ここからは『始まりの町』しか行けないから」


 それだけ言い残して、レオンくんはログアウトしていった。


「どうしよっか?『始まりの町』に戻る?それとも、聖都まで戻る?」

「前者は魔術士ギルドの街までひたすら歩く、後者は魔王の領地をひたすら歩く、か…」

「どっちもイヤ」

「だよなあ。ほぼ全てのユーザはログアウトしたし、運営には…ん?」


 メッセージが届いた旨の通知音が鳴る。

 これは…いや、驚いた。


「何?また運営から連絡が来たの?それとも、もしかしてGMから?」

「いや…GM以外の最後のユーザだ。他のユーザから俺達のことを聞いて、送ってきた」

「え?ユキヤ、君もフレンド登録はないんだろ?それに、他のユーザはもう…」

「ああ。これは現実世界経由だ。だから、届くのに数日かかった」

「ユキヤさんのリアルでの知り合いだったんですか?」

「いや、この『2人』は…」


 そう、『あの2人』だ。

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