第8話 1-A(7)冬休み

「街を囲んで教会とお寺と神社があるということは、クリスマスと除夜の鐘と初詣をイベントとしてこなせ、というクエストがあるということだね」

「冒険コースか。いやまあ、やるやらないはともかく、それらを想定して作られたのは確かだろうな。お盆やお彼岸の墓参りは想定していなかったようだけど」

「ああっ、夏休みに盆踊りやるの忘れた!メニューに浴衣あったのに!」

「ユーザ総出で盆踊りしろというのか。AIが踊れるとも思えないし…。正月含めて、屋台も無理だろうな」


 12月に入って、年末年始の予定を検討していく面々。現実世界でやっているようなことが仮想世界ではできないことが多いからな。文化祭以上に、検討や準備は十分行っておくべきだろう。もっとも、どれも学校行事としてではないが。


「また、クリスマスツリーでも飾る?寮の食堂とかに」

「んー、ショッピングモールがクリスマスモードに自動変遷するような気がするんだよね。ツリー出没込みで」

「川の魚のように、映像だったりするんでしょうか?もしかして、除夜の鐘とかも」

「そんなんだったら、冬休みはみんなで部屋にこもってテレビを見ながらコタツにみかんと年越しそば、の方がいいよな。どれもこれも実現不可だが」

「そう考えると、部屋でダラダラするのって、非常に高度な文明生活なのだな」

「何か語弊がありそうだけど、間違いではないな」


 ふと、『原始時代60分コース』とかいう発想が頭の中に生まれたが、辺境世界の森を思い出してやめた。太古の時代は、川沿いに集落が自然発生したと聞くけど…。


「ん?」


 マリナは、うん、アニメの影響を受けているだけだよな。野生…いやいや。



 12月中旬、残念ながら、サトミの予想通りの形でツリーが出没した。いや、ショッピングモールだけでなく、全ての公園と寮の食堂と学校の校門近くにも大小様々なツリーが現れたのは予想外だったが。校門はやり過ぎだろう。


「こうなったら、カラオケパーティよ!」

「今回ばかりはマキノを誘うしかないか…」

「そういえば、ユキヤとカラオケ入るのは初めてかな。リアル含めて」

「そりゃあ、お前はいつも誰かと…って、え、サトミ?」

「ま、マリちゃんと一緒に、一度だけマキノさんと…」

「大丈夫だったか?何か変なことされなかったか?」

「君は僕を何だと…」

「日頃の行い、って言葉知ってるか?」


 なんとなくむしゃくしゃしたので、マキノにクリスマスソングを片っ端から歌わせた。さすがプロですね、うまいうまい。


「3月までに、あと1曲は作ってもらうからね…」


 クリスマスソングっぽいのでいいかな?



 大晦日の12月『30日』夜になっても、除夜の鐘が叩ける様子はなかった。お寺はただのオブジェらしい。

 しかたがないので、裏山に登って海から昇る初日の出を見ることにした。


「キレイですね…。空も雲ひとつなく、いい天気で」

「そうだね。ほとんどのユーザが『帰省』してしまったのは残念だが」

「現実世界でもちょうど09:00だからな。現役補習組も満足したようだし」


 3学期はどれだけのユーザがログインするだろうか?9時からなら、多くの10分ユーザが参加するかな。

 神社でお参りをしながら、そう考える。願い事というほどのものでもないけど。


「見て見てー、晴れ着だよー」

「私、こんな本格的な晴れ着は初めて着ました」

「ふたりとも、よく似合うよ。なあ、ユキヤ」

「あ、ああ」


 マキノの紋付袴姿はどうコメントしたらいいんだろう。

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