第5話 1-A(4)転入生達

 5月の連休を過ぎた頃、ぽつりぽつりと『転入生』が現れ始めた。現実世界では08:20を過ぎた頃だ。


 今回の俺は現地支援の役目があるからな、短期滞在ユーザに不満とか言われてもきちんと対応せねば…と思っていた時期が俺にもありました。

 最初から『中学生としての学園生活』と割り切っているせいか、好き勝手やって飽きたらログアウト、がほとんどだった。楽でいいけど、拍子抜けした。


 それでも、愉快だったり興味深かったりしたユーザは少なからずいた。今回もメモしておこう。タクトさんがこのコースにダイブするとも思えないしな。



 グラウンドでひたすらバットで素振りをする男子ユーザが現れた。最初てっきり野球部員AIのひとりかと思ったよ。


「えっと、アバターでいくら練習しても、現実の身体の強化にはつながらないよ?」

「わかって…!います…!けど…!気持ち…!だけでも…!!」


 なんでも、明日…ああ、現実世界の明日日曜ね、その日に練習試合があるんだそうな。

 高校の野球部に入って初めての他校との試合だそうで、でも自信がなくていてもたってもいられなくなって、ここに来たらしい。まあ、辺境コースの方にバットはないしな。あと、ボールも。


「すみません、ボールを軽く投げてもらえませんか?部員AIだと細かな指示ができなくって」

「AIだけだと試合もできないからなあ…」


 5日ほどみっちり練習して帰っていった。健闘を祈る。


「…はて、そういえば身長設定が大きく違うよな?素振りの感覚がズレるんじゃあ…」


 と気づいたのは、そのユーザが帰ってからだいぶ経った後だった。



「じゃあ、中学・高校課程は仮想世界を使って?」

「ええ。おかげで、すっかり回復した今は、普通に大学に通っているわ」


 中学から高校にかけて入院生活が多かった彼女は、体調が比較的良かった時期に仮想世界サービスを通して『集中的に受講』し、高校卒業の資格を得たらしい。

 このような仕組みは、フルダイブ型VR技術が確立し始めた頃からあったようだ。通信制とか以前からあったし、なにより、実用的だからな。


「ただ、この世界ほどの時間加速はしていなかったわ。MMORPGでもよく聞く、1分=1時間換算だったかしら。それも、現実の6年間で実施時間を分散して」

「在籍期間は変わらないってことか。なんでだろ?」

「生徒の受講可能時間を重複させたいからって話も聞くけど、一番大きいのはたぶん、予算かな」

「予算?」

「学校の予算の多くが教える先生方のお給料でしょ?もし、1日、いえ、1時間足らずで1年分のカリキュラムが終了してしまうのだとしたら…」

「ああ、なるほど…。1時間で1年分の給料が必要になるということか」


 まさか、現実世界で1時間しか働いてないよね、とはいくまい。


「そういうわけなので、ここには雰囲気を楽しみに来たわ。よろしくね」


 彼女はサトミと仲良くなって、2か月ほどの滞在で図書館の蔵書のかなりの割合を読破したらしい。入院生活が長かったのならスポーツ中心の方が良かったんじゃ、というのは余計なお世話かな。



「特に小学校は『社会や家庭とのつながり』も重視するからね。たとえフルダイブ端末が普及しても、このように全寮制にして隔離するわけにもいくまい」

「そう考えると、あの有名な『魔法学校』作品の設定は厳しいですね。まあ、現実と比較してもしかたがありませんが」


 なんと、辺境世界で会った先生との再会だ。オープンβということで特に連絡してなかったのに。学園モノだけに、いつかは試すだろうなあとは思っていたけど。


「教師AIによる授業も実用的とは言えないね。小学校に限らず、学校というのはインタラクティブな経験が中心だ。それが必要ないというなら、家で書籍データだけ眺めていればいいということになる」

「e-Learningでなぜか軒並み単位を落とす学生がいるんですよねえ…」

「このコースもあくまで娯楽サービスだからね。それを承知で個人的に試しているだけだよ」


 なら、少しは学園生活を楽しみましょうよ、ということで、その先生を軽音部に誘った。中学生アバターとなった先生は結構イケメンだったが、マキノも中身が学校の先生だと手を、いや、キザ台詞を吐かないだろう。


「ああ、ここはこうやって…」

「あ、ああ…」


 『接触不可』ギリギリまで先生に顔を寄せ、キーボードの弾き方を教えるマキノ。甘かった。


「いやあ、鍵盤に慣れただけでも結構な収穫だよ。音楽の授業の代理とかがやりやすくなりそうだ」


 それでいて、実用的な成果を出して送り出すマキノ。恐ろしいなあ…。



「なあ、せめて公園とか散歩しても…」

「うっせ、声かけるな」


 『引きこもり』のために来るユーザがいるだろうなあ、とは思っていたが、やっぱりいた。2~3週間に最低ひとりはいたような。実のところ、入学式の翌日から引きこもったユーザもいた。

 辺境世界も引きこもれなくはないが、なにせ何もない場所だ。寝泊まりのための宿屋の部屋も、睡眠機能を発動させるために、他のユーザから距離を置きやすくするためのただの空間だ。


「寮食は部屋で出ないのか?」

「ルームサービスはないなあ」

「食堂まで降りるのうぜえ…」


 その点、学園寮は快適だ。学寮は相部屋が多いと聞くけど、ここは広い空間にベッドや机やシャワー室など、必要なものがだいたい揃っている個室タイプだ。


「それでも食事は欲しいんだな。別に食べなくても困らないのに」

「うっせって言っただろが」

「はいはい」


 で、3~4日でログアウトしていく。いくら部屋が快適でも、何もやることがないからな。


「しかし不思議だね。彼らは何のために来たのだろう」

「そりゃあ、現実からの逃避のためさ。でも、何もしたくないってわけじゃない。冒険コースとかの方が現実世界の部屋に引きこもれる、って感じだったな」

「あのコースは1回数日程度で、利用料も結構高かったのでは」

「誰がその金出すのかって話だな」



「電車通学がしたかった…」


 そう言ってすぐにログアウトしたユーザがいた。えー…。



「美しき学び舎は出会いの記憶」

「道行く音色は遙かなる情景」


 うん、いろいろとあきらめよう。悪い人達じゃないんだ、悪い人達じゃ…。

 でも、ふたりだけの仮想空間を作ったんじゃなかったのかな?


「築きし夢は、我らを永遠に包むことを約束した」

「しかし我らもまた夢の産物。人々の想いを糧に生きていく」


 えーと、たまには他の人と話をしたい、ってことかな?


「初めまして、麗しき御嬢様方。今宵はどちらにお出かけかな?」


 マキノ、お前すげえなあ…。

 あれ?ふたりが少しずつ後ずさりしていく。あ、走り去った。


「え、なんで…?」

「俺と同じ感性をあの2人が持ってるってのがやっぱり複雑な気分だな…」

「なに?なんのことだ?」


 ていうか、なんで他の人はマキノの言動に引かないんだ…?

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