第2章 学園180分コース

プロローグ

「…ちょっと待って下さい。その設定にどんな意味があるんですか?」

「それを確かめるための実験でもあります。先の霧島様の成果も、もともと意図されていたものではありませんでしたし」

「それはそうですが、それにしたって…」


 説明された新規仮想世界の設定に、妙なちぐはぐさを感じて困惑する俺だった。



 指定時刻に指定サーバへ接続してログインすると、会議室のような仮想空間にいた。ビデオ通話のVRバージョンである。

 時間は加速されていない。曰く、現在稼動しているシステムを参照しながら説明したいとのことだ。


「君が『ユキヤ』くんか!いやあ、今回は助かったよ!」

「はあ…」


 当初は、2人のアバターがその空間に立っていた。ひとりは技術営業担当、もうひとりは、なんと運営会社の社長だった。出会い頭にいきなりアバター名で呼ばれて感謝された。


 なんでも、俺が送った意見や要望等が、他のメジャーな仮想世界サービスの改善に大いに役に立ったそうだ。他のユーザやスタッフからは、リソースを食いつぶすような、贅沢なアイデアばかりが目立つらしい。

 マリナがやっていたタイムアタックとか誰でも思いつきそうだが、訓練までして実際にやってみるとまではいかなかったらしい。この件だけでも、アバター実装の効率化につながっただけでなく、スポーツ業界とタイアップした各種競技イベントに発展しているそうな。何がどう転ぶかわからない。


「なにより、出版社や芸能事務所にコネができたのが大きかった。旧来のメディア業界を取り込みやすくなりそうだよ!」


 社長としては、そっちが感謝のメインのようだ。


「技術面におきましても、とても貴重なデータがとれました。霧島様は、一時ログアウトを考慮しましても、8,640倍加速では稀に見る長期滞在経験者ですから」

「え、そうだったんですか?」

「はい。身体不調による強制ログアウトもなく、睡眠のタイミングやバイオリズムの変化といったデータは、健康管理アルゴリズムの改善に非常に役立ちます」


 宇宙空間滞在記録みたいなものか。アバターの細かい動きまでログを残しているわけではないらしいが。


「辺境60分コースにしましても、その60分の間に何度かログインする、という利用しかありませんでした。業務目的で1週間を3〜4回、などでしょうか」

「高密度の加速技術は無限の可能性が期待されているのだが、アプローチが難しくてね。これからも協力してくれると助かるんだが」


 社長はそれだけ言うと、現実世界に帰っていった。もしかして、青田刈りだったのだろうか…。


「それで、ここからが『御相談』の本題です」



「毎週末60分、という構成ではありますが、実質的には特定時刻の計180分コースとなります」

「仮想世界内では3年間か…。確かに、現実世界でもそうですけど」

「環境設定としては人工島を想定します。住居など毎日通う場所を除けば、簡単なショッピングモールと公園があるくらいでしょうか。海岸には何箇所かに浜辺を、裏山にはログハウスをいくつか設ける予定です」


 水着実装は今回も見送られるらしい。『雪』の実装が煩雑になるらしく、スキー場もないようだ。


「『社会人』は全てAIです。事前に組み込んだデータを用いてスケジュールに沿って動くだけですから、思ったほど処理リソースはかからないようです」


 ぶっちゃけたなあ。まあ、俺にだから言ってるんだろうけども。


「…ということなのですが、いかがでしょう」

「通常ユーザは有効期限内の任意の時刻にログイン・ログアウト可能、ただし俺は3年間フルで滞在、ですか」

「はい。もちろん、体調不良等が発生しましたら強制ログアウトとなり、その後の再ログインも任意です。ただ…」

「ただ、通常ユーザと同額の接続料金を払うこと、自宅の設備から接続すること、ですか」

「御協力いただくのに申し訳ないのですが…。計180分ではありますが、『辺境60分コース』と同額を設定しております」


 要するに、通常ユーザから苦情が来ないようにするためらしい。


「まあ、もともと知り合いとまた辺境世界に行こうかと話していましたし、興味もあるので、引き受けますけどね」

「そう言っていただけると助かります。金銭以外での謝礼は検討しております」


 電子書籍かVRアプリがいいなあ。


「で、もう一度『設定』を確認したいのですが…。特定時刻の計180分、ということは…」

「はい。ユーザは全員、同じ中学の同じ学年に入学、または、転入となります」

「『先輩』も『後輩』もいないってことじゃないですか…」


 こうして、『学園180分コース』を利用することになった。今度は、現地支援ユーザとして―――。

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