第8話 サトミ、マリナ(後編)

「えっ、『宮塚拓人』にあったの!?」

「ああ、ものすごい偶然だよな」

「あの作者の本、全部持ってます。伏線がすごいんですよー」


 薪がなかなか積み上がらないため、街の中央広場に面している喫茶店で休憩中。そろそろ日が沈むので、続きは明日だ。

 ちなみに、マリナは妖精アバターのまま、サトミの頭の上にうつ伏せで寝っ転がっている。『既定値以上の圧力』ではないので、少し浮いたような形でくつろいでいる。気に入ったのかな?


「実は、タクトさんがこの世界で書き上げた小説が俺の書籍アプリにコピーされていてだな…」

「読みたいです!」

「ログアウトする時に消去するから気をつけてね」


 書籍アプリを手渡すと、サトミは早速その場で読み始めた。薪の積み上げはしばらく延期かな。まあ、12月24日までまだ1週間以上ある。


「よいしょっと…。それにしても、食事の仕組みがないのは残念ねえ。冒険コースには『マンガ肉』まであったわよ?」


 ぽんっ、と聞こえそうな切替エフェクトで、マリナは元のアバターに戻った。一緒に読む気はないらしい。マリナはサトミよりも背が高く、表示された表紙をちょっと覗き込んだだけで、テーブルの向かいの俺に話しかけてきた。


「食べたのか?」

「食べたわよ。美味しかった」

「サトミを探してたんじゃなかったのか?」

「屋台が並んでたのよ。1時間で初期残高使い切ったわ」


 何やってんだか…。最初のダイブも結構もと取ったんじゃなかろうか。

 そういえばマリナ、早々に俺とタメ口になったな。気楽でいいけど。


「食の楽しみを忘れたら人生損する、って偉い人が言ってたわよ」

「誰だそれは。空腹感とかは現実の肉体に連動しているらしいからな。損はないだろ。と、日が沈んだか」


 俺はロウソクを取り出してガラスのコップの中に立て、魔法モドキで芯に火をつける。映像の炎とはいえ、それなりに明るくなる。ランプ型の燭台があればそれっぽくなるんだけどな。


「サトミ、キリのいいところで宿屋で寝ろよ?読書は脳に負担がかかって『睡眠』が結構必要になるからな」

「あ、はい、わかっています…」


 書籍アプリから目を話さずに答えるサトミ。大丈夫かなあ。前のダイブの時、俺の本を続けて読んでテーブルで寝落ちして、気づいたら『明後日』になってた、ってことがあったが。


「…はー。サトミがずっとここにいたい理由がよくわかってしまうことになるなんて…」

「なんの話だ?あ、マリナもちゃんと睡眠とれよ?妖精アバターの飛行で結構神経使っただろ」

「わかってるわよ、お父さん」

「誰がお父さんだ」



 サトミはまだタクトさんの小説を読んでいる。大作だもんなあ。

 部屋にこもるのではなく、街の中央広場のベンチに座って読みふけっているのがサトミらしいというか。


「ひゃっほー!」


 マリナはすっかり妖精アバターを使いこなし、あちこちを縦横無尽に飛び回っている。今は、街の中の建物の間や窓を縫ってタイムアタックをやっている。なぜか時計アプリで俺が測定させられているが。


「10秒短縮!やった!」

「楽しそうだなあ。あの子達も、こういう楽しみ方ができたら良かったんだけどな…」

「あの子達って、この間言ってた3人の子達のこと?結構訓練が要るからね、気軽にやるには厳しいかも」

「なるほど…」


 薪拾いも極めれば何かに応用できるようになるかな?ならないか。


「それにしても、ホントに誰も現れないわねえ。冒険コースは休日のテーマパークのようだったのに。おかげで、遠慮なく街中でも飛び回れるんだけれども」

「今年の夏から初秋にかけては、たまに団体客が現れていたんだけどね。辺境コースは、さしずめオーロラツアーか?」

「今年の夏…午後5時40分頃って言いなさいよ」


 むう、現地時間にすっかり毒されたようだ。


「ところで、どこまで高い所に行けるか試すって言ってなかったっけ?」

「試したわよ。なかなかに興味深い結果だった」

「興味深い?」

「いつまでも昇っている感覚なんだけど、ある場所から、地面が遠ざかることがなくなった。雲の位置も固定」

「いかにも仮想的だな…。深海も、ある地点から潜り続ける感覚だけになるのかな」

「今度3人で潜ってみる?」

「おひとりでどうぞ。俺もサトミも、あの肌の感覚は慣れん」

「気にすることないのに…」



「すっごく良かったです!出版されたら絶対買います!」

「でも、完成してまだ1時間半も経ってないからねえ。出るのは何か月も先になるかも」

「うう…」


 あれは手元において何度も読みたくなる作品だ。俺も発売が待ち遠しい。


「ツリー作りの続きをします。どこまで進みました?」

「ツリー本体は後回しにして、紐や雑貨を組み合わせてオーナメントをいくつか作ってみた」

「わ、いいですね。私も少し作ります」

「あたしは薪を運ぶだけー」

「はいはい…」


 森の中のタイムアタックには付き合わないぞ?



 12月24日。日が沈むタイミングで、配置したロウソクに火を灯す。


「わあ…」

「おお、なかなかいいじゃない」


 街の中央広場に据えられたモミの木…ならぬ薪の塔は、イルミネーション…とはいかないまでも、クリスマスツリーっぽい雰囲気を醸し出していた。


「飲み物がオレンジジュースだけなのがさびしいわねえ」

「コーヒーもあるぞ?」

「とりあえず、乾杯しましょ」


 ベンチに用意した2種類だけの飲み物を数だけいくつもそろえ、メリークリスマス、で乾杯した。


「音楽が欲しいわねえ」

「曲データがないんだよなあ」

「歌でも歌いましょうか?」


 ふたりは一緒に歌い出した。む、カラオケ慣れしている感じ?リア充か…。


「ユキヤさんも何か歌って下さいよー」

「そうだー、歌え歌えー」


 ガラの悪いJK約1名は無視して。ボーカルはほとんど担当したことなかったけど、そうだな…昔、カップリングに採用されたあの曲にするか。


「うまい…」

「へー。…はて、どこかで聴いたような…?」


 む、知ってたか。気づかれる前に終わらせよう。2番歌詞は飛ばしてっと。


「次は年末年始ですねっ」

「大晦日は12月30日になるのか…」

「除夜の鐘…時計塔で代用できるかな?」

「メニューに晴れ着ってあったっけ」

「初詣は教会ですか?」


 どうやら、ふたりは今回もきっちり1か月滞在するつもりのようだ。

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