一期一会の仮想世界

陽乃優一(YoichiYH)

第1章 辺境60分コース

プロローグ

「当社『辺境60分コース』の御利用ありがとうございます。チュートリアルを御希望ですか?」

「いえ、結構です。アバターも同期済みです」

「では、16:00より接続を開始いたします。60分の間はいつでもログアウト・再ログインが可能ですが、終了時刻の延長はできませんので御注意下さい」

「承知しています。よろしくお願いします」


 こうして、数ある仮想世界サービスの中でもキワモノである『1時間で仮想世界1年間』を利用することになった―――。



「結局ずっとAIにしか会っていないな…。まあ、現実世界ではまだ10分くらいしか経ってないか」


 フルダイブ型VR技術は、感覚加速によって無限とも言える時間を生み出した。しかし、このことによって実際にもたらされるのは『孤独』だった。わずかなログインタイミングの違いで、仮想世界では他のユーザと何日も会えないことになるためだ。


「『冒険120分コース』の抽選に漏れたのが痛かったなあ。あっちは稼動時刻も決まっていたし、イベントもたくさん用意されていたから、数多くのユーザと異世界生活を楽しめたのだろうけども」


 結局、そこそこの時間加速を、決められた時刻に決められた時間だけ、という運用が仮想世界サービスの主流となった。現実世界1分=仮想世界1時間くらいが人気であり、実用的でもあった。

 だが、同時接続できるユーザ数にも限りがある。その結果、接続できなかったユーザの受け皿として、時間をもっと加速させた、接続時刻任意のサービスもいくつか提供されている。その方が個々の接続時間は短くなり、サーバ負荷も少ないというわけだ。


「いくら安くても、代わりに『1分あたり6日』は選択間違えたか。2ヶ月ほどで購入書籍は全部読んじゃったし、街のAIの反応には飽きたし。加速世界用に変換された映像作品やTVゲームは高くてあまり持ってないし」


 果てしなく広い世界は文字通り『辺境』だ。中世ヨーロッパ風の街や村はいくつかあるものの、いわゆるMMORPGのシステムは実装されていない。安価ではあるが、使い勝手が悪い時間設定で利用者は少なく、コンテンツはショボい。長期滞在型の静養旅行タイプとでも言えばいいのか。


「しかたがない、郊外の森でも散策してみるか。迷子にならないようにしないと…」


 所有する電子データの閲覧を除けば、広大な自然を眺め、街や村を散策する。『辺境』サービスでできるのはこれくらいだった。

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