第8話 依頼人

 ロビーで待っているとルガルがやってきた。


「依頼人が来た。こっちだ」

「珍しいな、この程度の仕事で別室を使うのか?」

「そういう依頼でな」


 顎で示してルガルは奥へ行く。あたしはユーリと顔を見合わせるとあとを追った。

 別室とは、身分の高い者がギルドを通じて依頼を出した時などに使う。ただの商人の護衛程度で使うもんじゃないはずなんだけど。

 そう思いながらルガルの背中を追って部屋に入ると、二人の人物が腰を浮かせた。


「おまたせして申し訳ない。この二人が貴殿の依頼を受けた冒険者です」


 ルガルがそう言い、体をずらしてあたしとユーリが見えるように位置を変えた。

 そこには、旅装の男女が立っている。羽飾りのついた緑色の帽子を被った金髪の青年……少年と言っても通用しそうに若い彼は緑色の目であたしたち二人を値踏みするように見ている。

 もう一人は、亜麻色の髪を背中に流し、動きやすそうな薄手のベージュのワンピースの上に茶色のベストを身に着けている。背筋を伸ばし、茶色の目でこちらをまっすぐ見つめてくる。商人の娘というよりは、上流階級の教育を受けた娘のように見える。

 ざっと見た限り、何も身を守るようなものは持ってないみたいね。


「冒険者のクランとこちらはユーリ。よろしくお願いします」


 そう名乗ったところ、旅装の二人が目を見張った。それから顔を見合わせて笑い始める。


「あの、何か?」


 余程訝しげな顔をしていたのだろう、二人は表情を引き締めて頭を下げた。


「気を悪くしたらごめんなさい。彼女の名前と一緒だったからびっくりして。彼女はユーリ。僕はキリクと言います」

「えっ」


 今度はあたしがユーリと顔を見合わせる番だった。


「どうしましょう。呼ぶときに名前を間違えそうですわね」


 亜麻色の髪の女性が困り顔でいうと、少年は首を振った。


「ああそれは、大丈夫でしょう。僕が君を呼ぶ時はユーリと呼ぶし、彼を呼ぶ時はユーリさんと呼ぶから」

「そうね。あたしもユーリはユーリと呼ぶし、そちらの彼女はユーリさんと呼ぶわ」

「じゃあそれで」


 にっこりとキリクが微笑む。あたしも合意の意味を込めて微笑みを返した。


「依頼内容はメルリーサまでの護衛で、道行きは徒歩ってことでいいのよね」

「ええ、それでお願いします。期限は特にありませんが、安全第一でなるべく早くお願いします」

「安全第一、ね。承知しました」


 これはもしや、彼女が荷物なのか。いや、彼女『も』と考えておいたほうが良さそうだ。


「では、出発は」

「私たちはいつでも構いません。今からでもいいですけど」


 キリクはユーリ嬢と顔をあわせてそう答えた。

 メルリーサまでは四日かかる。途中の村に寄りながら行くのが一番安全だ。客である彼女のためにも。

 今から出ると、村までは辿りつけない。

 期限が切られてるわけじゃない。なるべく早く、ではあるが、安全第一なら――。


「明日の朝出発がいいだろう。今からだと野宿になる」


 あたしが口を開く前に、ユーリが答えていた。珍しいこともあるもんだわ。

 びっくりしながらも、あたしはうなずいて言葉を継いだ。


「そうね。じゃあ、あたしたちの準備もあるし、あなた方も準備があるでしょうから明日の朝一番で出発にします。お二人の宿はどちらですか?」

「それでしたら町外れのグナン亭ですわ。お二人は?」

「まだ宿を取ってないので、空いてるようなら同じ宿にします」

「それなら大丈夫だと思いますわ。キリク、いいわよね?」

「……ユーリがいいなら」


 ユーリ嬢の言葉にキリクは視線をずらしながら答える。この二人の関係は何だろう。

 商人見習いと店主の娘とか?


「では、宿にご案内します。ルガル様、ありがとうございました」

「いや、こちらこそ。では、よい旅を」


 キリクが腰を上げ、ルガルと握手をする。商談は終わりだ。

 あたしたちも立ち上がった。



 グナン亭は町外れにあるとはいえ、警備のしっかりした宿だった。聞くと、宿のマスターが元冒険者だとのこと。道理で、冒険者のこうして欲しいという希望をかなり叶えてくれる部屋作りなわけだ。

 ぐるりとユーリ嬢の部屋を眺め回したところでユーリ嬢があたしに向き直った。


「ごめんなさいね、部屋は空いてないらしくて。でも、わたしとキリクは別々の部屋を取ってますの。ですから、わたしの部屋にクランさん、キリクの部屋にユーリさんをお泊めするということでかまいませんかしら」

「え、ええ。あたしは構わないけど」


 ちらりとユーリを見ると、いつもの無表情のまま頷く。仕方がない、話に乗ろう。


「ユーリも構わないみたいだから、お言葉に甘えることにするわ。でも、会ったばかりの冒険者と同室でかまわないの? あなた達は」


 そう言うとユーリ嬢はキリクと顔を見合わせて少し頬を赤らめ、あわててうなずいた。


「え、ええ。もちろんですわ。未婚の男女が旅のさなかとはいえ同室で寝るなんて、許されませんもの。キリクと同室なんてことになったらお父様がなんて言うか……」

「と、とりあえずそういうことだから、僕らは構いません。そうだ、夕食もご一緒しませんか。ごちそうしますよ」

「いいわね。この街の美味しいもの、まだあんまり食べてないのよ」


 キリクの誘いに一も二もなくあたしは応じた。美味しいものには罪はないもの。


「じゃあ、七時に向かいの店の前で待ち合わせましょう。僕らも準備で出かけます。部屋の鍵は受付に預けますから、入る時は受付で受け取ってください」

「わかったわ、じゃあ七時に」


 こちらの準備はギルドでアイテムと手持ちの金の調整をするだけで済みそうだ。

 時間が余ったら屋台で美味しいもの食べ歩きしよう。

 あたしは財布を握り締めるとユーリを連れて部屋を出た。

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