第7話 ギルド

「今回の依頼、本当に断っていいのか?」

「くどいよ」


 あたしは目の前のいかの姿焼きにかぶりつきながら、じろりとユーリを見る。

 串焼きにされて甘いタレがかかった姿焼きを味わうのに忙しいのだ。終わった話を何度も繰り返し持ち出さないで欲しい。

 ユーリはあたしの視線をものともせずじっと見返してきたが、知らんぷりして視線を逸らした。


 ――だって、顔に思い切りやりたくないって書かれてるんだもの。受けるわけにいかないでしょう?


「それよりそっちの串揚げ、食べないなら頂戴。ここのキノコの丸揚げは絶品なんだから」


 そう言ってユーリの皿に乗って冷めかけた串を指差すと、ユーリは黙って皿ごとあたしの前に置いた。


「……金あるのか?」

「くどいなぁ、もう」


 いらっと来てキノコの丸揚げを取り上げ、一口に頬張る。ああもう、揚げたてで塩をちょっとだけつけたらマジ絶品なのに、冷めるまで放置するなんてありえないっ。

 まあ、そりゃね?

 この間の依頼のお金はまだもう少しだけある。エリンのところに寄り道したからその分旅費はかさんでるけど、食えないほどじゃない。

 ここから近い次の街って言ったらユーレリア王国の首都になる。確かに、ギルドで見せてもらった依頼は比較的簡単で報酬もよかった。だから、仮押さえしてきたんだけど。

 依頼書を見た途端にあれほどまでに表情を曇らせるユーリを見たら、受けるわけにいかないよ。


「それよりここの屋台は美味しいものが揃ってるって有名なんだから。温かいうちにちゃんと色々味わってよね」

「……分かった」


 しぶしぶユーリが折れて、食事を始める。どれも冷めかけてるけど、不平は言わない。

 少々遠回りにはなるけど、南に下ってメルリーサの街まで行って、そこから東にある修道院目指そう。メルリーサまでの護衛任務は結構いっぱいあったし、大人数でなくとも受けられる仕事もちょこちょこあった。

 この街からメルリーサへ抜ける道は山道で、山賊が出るってんで有名な場所なんだよね。大きな馬車を引っ張った隊商なんかは格好の餌。だから、大人数でしかもレベルの高い護衛を欲しがる。

 単独行の行商人からの依頼がいくつかあったし、それを狙うとしよう。

 イカをぺろりと平らげると、あたしは指についた甘ダレを舐め取った。

 甘じょっぱいと言うのが正解だろう。どんな材料から作ってるのかはわからないけどこのタレを発明した人には勲章をあげたいくらいだ。


「じゃあ、先にギルドに行ってるね。ユーリは食べ終わってから来て」


 ひらひらとギルドの依頼書を手にあたしは立ち上がった。

 ユーリもあわせて立ち上がろうとしたけれど、それは押し返す。


「クラン」

「だめ。食べ終わってからって言ったでしょ?」

「……持ち帰りにしてもらう」

「温かいのが美味しいんだってば」

「もう冷めてる」

「誰の……」


 イラッと来て声を荒げそうになる。いかんいかん、こんなところで血圧上げてる場合じゃない。

 あたしが言い募ってる間に、ユーリは店員を呼ぶと残っていた串揚げとラビのフライをパックに詰めてもらっていた。


「待たせた。行こう」

「……まったくもう」


 ユーリには内緒で次の仕事取ってこようと思ってたのに。


「ユーレリアに行かないならメルリーサか。商人の護衛か」

「……ご明察」


 あたしはため息とともに返事をする。

 ユーリがいない間に、メルリーサの東にある修道院の依頼を一緒に受けてしまうつもりだった。

 あそこはユーリに取っては鬼門であり、故郷でもある。

 あたしが知っている限り、一度も戻ってないはずだ。少なくとも五年以上は。

 こっそりと、里帰りをさせようと思ってたんだけど。


「クラン」


 不意に呼ばれてあたしは足を止めた。怒ってるような、低い声。


「何」


 振り向いてみたけど、不機嫌そうな顔をしているわけでもない。


「……いや、いい」

「気持ち悪いわね。言いたいことがあるなら言ったら?」


 苛立ちが募る。ああ、だめだ。このままだと喧嘩になる。

 ……そうでなくともイライラしてるのに。


「……もしかしてお前……」


 じっと見つめられてあたしはとっさに視線を外す。

 隠し事をしてるわけじゃない。まだ、何もしてないもの。

 ぐいと腕を引っ張られて顔を上げると、ユーリは眉根を寄せたまま、あたしを見下ろしていた。


「痛いわよ」

「……とっとと行くぞ」


 ユーリに腕を引っ張られて歩き出す。

 気が乗らない風だったのに、なんでいきなりギルドへ早足で向かってるわけ?

 そのまま、ギルドに着くまで一言も喋らずあたしたちは歩き続けた。



「よう、いらっしゃい。待ってたよ」


 ギルドの扉を開けると、あたしたちと同じような冒険者がロビーに溜まっていた。その向こう側、カウンターの中からガタイのいい男が手を振っている。

 この街のギルドマスターのくせに常に肩と胸を覆う軽鎧を身につけ、筋骨隆々の肉体を惜しげもなく晒して受付をウロウロしている。

 受付業務をしてるわけじゃないから邪魔なだけのはずなのだが、どうも奥でじっとしているのが嫌いらしい。


「すまない、ルガル。この依頼、受けられない」


 ユーリがあの紙片を差し出すと、ギルドマスター・ルガルは途端に顔をしかめた。


「お前ほどの冒険者が断るとは、なにか理由があるのか?」

「いや」

「ユーレリアに行かないことにしたの。だから、受けられなくなっちゃって。ごめんね、ルガル。見切りで押さえてもらっといたのに」


 あたしが口添えすると、ルガルはため息を点きながら肩を落とした。


「そうかぁ。まあ、方向が違うんじゃ仕方ないな。で、どっちに行くんだ?」

「メルリーサに。たしか商人からの護衛の依頼があったよね? まだある?」


 ルガルは返した依頼書を伸ばすと後ろにいた担当の女の子に渡した。女の子は頭を下げると依頼板へ走っていき、上級クラス向けの依頼の欄に貼り付ける。


「ああ、二人組の商人と単独の二つ来てる。どっちがいい?」

「単独のほうがいいかな。馬車を使うかどうかは聞いてる?」

「ああ、どちらも馬車は使わないらしい。徒歩だと四日ってところか」


 ルガルは依頼板に行き、顔をしかめて依頼票を手に戻ってきた。


「すまん、単独の方はもう引き受けてが決まって出発したらしい。二人組のほうになるが構わないか?」

「そう、じゃあそれでいいわ。構わないよね? ユーリ」


 あたしはユーリを振り返った。ユーリは仕方ない、と頷く。


「じゃ、手続きしよう。こっちへ」


 ルガルが奥の受付カウンターを示す。あたしたちは受付を手早く済ますと依頼人がやってくるまでロビーで待つことになった。

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