第3話

「ほっほっほっ…優紀は大丈夫じゃよ。どうやらこの世界へ来る際、召喚の魔方陣に何か特別な命令式が施されていたらしいのう。この世界に適応した能力を目覚めさせておる。優紀は儂と同じであらゆる状態異常に対して、完全な耐性を持っておるんじゃ。それに加えて言語刷り込みもされておる」


儂と同じ様に、竜がそう言うのも当然の事だ。ずっとここに居続けるには全ての毒や呪いに耐性がなければならない。それを可能としている竜と今、会話が出来ている優紀は同じという事になる。

もし、耐性がなければあの境界線からはみ出た時点で、何が起きたかもわからないままありとあらゆる苦痛を味わい、壮絶な死を遂げていただろう。

それに加えて世界が違うはずにもかかわらず、二人はお互いに話が通じている。それは優紀がマルゼリオスの言葉を何の弊害も無く喋っているからだ。世界の事を知らない優紀がマルゼリオスの言葉を知る機会など無い。

しかし喋れていた。それはもう、刷り込まれているからとしか考えられない。実際、竜にしかわかっていないが優紀の頭には魔法が使われた形跡がある。


まだ冷静とは言い切れない優紀にはよく理解できていなかったが…それどころか厨二病にかかっていれば喜びそうな内容に、実はこれはゲームのどれかなんじゃないかという考えにすら至りそうになっていた。


「…………耐性?言語の刷り込み?ゲームみたいなスキル?ステータス見えたりするのかな…」


もしステータスなんてものが見えたらゲームなどの可能性が高いだろう。

何と言っても、レベルや体力値等が決められているのだから…


「ゲーム?スキル?ステータス?とやらは分からんが、とにかく優紀がどんなに此処にいたとしても人体への影響は無いぞい」


しかし竜にはそれこそ新しい言語に聞こえ、理解できなかった。

ステータスなどの概念は無い、ゲームはまず無さそうだ。

そう確信した頃、やっと竜の言葉の意味に理解が追いついた。

詳しい法則などはわからないにしても、不幸中の幸いが起きてくれていた事に優紀は安心し、息を吐く。


「他に質問はあるかの?」


竜は嫌がる事も無く、寧ろ孫を見るかの様な目線で出来る限りの事を話してくれた。

感謝しても仕切れない。

けれどこの世界について聞きたい事はもう特になかった。そもそもここにいる竜に、人がどういう生活を送っているかを聞いても分からないだろうと考えたのだ。魔法が使える、ファンタジーの様な世界と知れただけでも運がいいだろうと…

そして遂に後回しにしていた本題を聞く事を決めた。


「……最後だけど、私はいつになったら帰れるの?何をすれば帰れるの?」


優紀はこれを一番聞きたかった。

ドキドキと心拍が上がっていく。

期待と不安がごちゃ混ぜの状態で…

しかし、竜は期待とは裏腹に難色を示した。


「……それはわからぬ」


「…え?」


「そもそも、困窮した人間達が異世界に助けを求めようと大規模な召喚を行ったんじゃろうな。その時に巻き込まれただけの、ただ人の子が優紀じゃろう。異世界に座標を固定する事はこの世の生命には不可能じゃ…つまり、ある程度の条件を満たした世界へ訪れる程度のものであり、人材も、拐えるかも、帰還できるかも全てが運任せだった可能性が極めて高い。帰すにも座標がわからぬ」


優紀の心の中で、何かが壊れる様な音が響いた気がした。いや、実際起きたのかもしれない。

運任せ、座標が分からない。それが示すのは…


(……もう、帰れないって事?で、でも、神様なら…)


「…帰す方法がないか女神様に聞こうにも、行方が知れぬ。唯一の手段も今はない状態じゃ…かと言って儂は今、この滞留している物達を常に搔き集め続け、ここに止めている故、探すことも手伝う事はできん」


そこで竜は一度に言葉を切り、現実をしっかりと見させるために、優紀の正面にしっかりと顔を向け、言った。


「酷な事じゃが…手段はゼロと言っていい」


その言葉を聞いて、優紀の中の淡い希望すら砕け散った。

小説などで見られる、テンプレの何か役目があって果たしたら帰れるでもなく。

巻き込んだお詫びにすぐ帰れる訳でもない。


一生を、全く生活基盤の違う壊れかけた世界で、一人ぼっちで、家族と二度と再会出来ないまま生きる。

そんな事、到底…『はい』、なんて言える事ではない。


(嘘だ…)


見たくなかった事実に打ちのめされ、優紀は膝を折った。


「…家族にもう会えないなんて…嘘だ…ありえない。生きてれば帰れると思ってたのに?こんな…いきなり?」


ポロポロと涙が次から次へと溢れてくる。


「……まだ来てから然程時間は経っておらんようじゃし…恐怖する事の少ない世界から来たんじゃよな。本当に、運命の悪戯も酷なものよのぅ」


竜は嘆かわしいとばかりに尻尾の先を器用に使い、背中を撫でてくれた。


その優しさが余計な悲しさを生み、優紀はあまりの理不尽さに叫びを上げながら泣く。


竜は、泣き止むまで何も言うまいと待ち続けた。



優紀が泣き止んだ頃には辺りの霧がさらに濃さを増していた。

目が腫れぼったくなり、涙が伝った跡が乾いて気持ち悪いと目元を軽く擦る。

きっと酷い顔をしているだろう。

だが、泣いたおかげで優紀は今まで以上に心を落ち着かせていた。


(………このまま泣き喚いていたって何も変わらない。そうだよ。可能性がゼロに近いだけじゃん!)


何時ものように根拠の無い前向きすぎる考えができるようになっていく。

普通の人間ならきっと無謀に思うであろう考え。

決意を伝えるために、折った膝を奮い立たせて立ち上がる。


「っ…ねぇ、あのさ…我儘だってわかってるけど、この世界で生きていく術を教えて…!」


ずっと泣いていた影響か喉の違和感が酷く、優紀は喉元を抑えて、ガラガラ声のまま不安を押し込んで質問した。


「………何故じゃ?」


竜は優紀の予想以上な心の変化の速さに驚きながらも話の続き促す。


「女神様に聞こうにもって言ったよね?女神様なら私の事、帰せるかも知れないって事でしょ?」


「……………いかにも。女神様は全知全能の存在じゃ。わからぬ事も出来ん事もほとんど無いじゃろうて……じゃが先程言ったが女神様達は……まさか!」


竜は喋りながらハッと気付いた様に優紀の目をじっと見つめた。

優紀の目には、揺るぎない覚悟が秘められていた。やり遂げてみせるという強い信念が…


「…そうか。お主は人の身でありながら、女神様を探す気なんじゃな?しかし、それは誰にも成しえなかったような途方も無い試練の数々が待ち受けて居るかもしれん。それでも探すのか?」


竜は、人間の…しかもか弱い娘である優紀を心配し、警告を出した。拒否をしないのは、本人の意思も尊重したいとも思っているからだ。

一方優紀は、諦める気は全くない。もし、此処で止めたと言っても、不自由なく暮らせるくらいにはその術を教えてくれるんだろうと妙に確信を持って言える。

けれど…


「うん、探すよ。消滅したとかなら…考えなかったかもだけど…行方不明ってだけなら女神様達はどこかには絶対いるって事だよね

?少しでも希望があるなら私はその為に生きる!お母さんとお父さん、弟にもまた会いたい!」


竜は小さな、けれど大きな欲だと思った。

しかし、だからこそいいとも思えるのだ。


「……良かろう。儂がこの世界で生きる為の技や魔法を一ヶ月間だけ教えよう。儂の名はウルとでも呼んでおくれ」


竜…ウルは言い終わると同時に輝き出し、その姿を小さくて、紅蓮の髪と緋色の瞳を持った初老程の男性に姿を変えた。

よく見ると毛先は錆色だ。

もちろんそれを見た優紀は自分の目がおかしくなったのかと目を擦り、素っ頓狂な声を上げる。


「ほっほっほっ…竜の姿では勝手が悪いと思うての。仮の姿ではあるが、この状態で教えよう。…まずは場所替えじゃな」


ウルはそう言ってニヤリと笑いながら二拍手した。


「……はっ?え?あれ?」


二拍手した時に変化はなかった。

しかし、優紀が瞬きをしたその瞬間、目の前には芝の生い茂る古城が現れていた。

さっきまではどこまでも続く荒野だったのにも関わらずだ。

もちろん、振り返れば白黒な世界ではあるが…


「儂のすみかじゃよ。女神様より授かりし聖域。早う入れ。学ぶのは傷を治療が終わってからじゃ」


ここなら思う存分、どんなに暴れようとも平気だからの。

そう言ったウルの目はギラギラとさせる。

何からどうやってみっちりと教えようかと考えているのだ。

それもそのはず、何しろ優紀の決意の強さを知れた今は、生きる術としてではなく。それこそ世界で強者と張り合える様な人間に育てたいと思っているのだから…


そんな事はつゆ知らず、とてもスパルタな予感しかしない目線と、忘れていた体に広がる傷の痛みに早速現実から逃げたくなった優紀だった。


(……割と本気で逃げようかな…うぅ…)

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巻き込まれ娘ノ冒険 @syu0401

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