オーサカシンデレラ・クリスマス

紅璃 夕[こうり ゆう]

オーサカシンデレラ・クリスマス

 俺は今ーーー走ってる。

 ガラスの靴を探して。




 立ち止まり、天井に向かってスマホを構えシャッターを切る。

 送信したところで膝に手を突き、荒い息を整えた。


 メッセージの着信音がして見ると、写真が届いている。


 ぎりっと歯をくいしばり、猛然と文字を打ち込んだ。


『お前……楽しんでるやろ!』


 メッセージを受け取った女性は、スマホの向こうで笑みを浮かべた。




 時はクリスマス。

 カップルや友達、家族連れで賑わう大阪・梅田。

 幸せに浮わついた街中を、一人の男が脇目も振らずに駆け抜けていく。


 くっそーっ! カップルばっかりやんけっ! 色んな意味で邪魔ーっ!


 いや、俺が悪いんやけど、とふと冷静になる。


 クリスマスのデートに遅刻するなんて、最低におもんないことをやらかしたのだ。

 予約していた店に着いた時にはすでに彼女の姿はなく、電話にも出ない。

 怒らせたと青くなっていると、彼女から写真とメッセージが届いた。


『ここにおる』


 走って写真の場所に着くが、彼女は見当たらない。


『着いた! どこ』


 返事はすぐ返ってきた。


『今はここ』


 この場所ではない写真に、青くなっていた顔が怒りで半分赤くなった。


 こいつ……! おちょくっとる……っ!




 そんなこんなで探す羽目になったのだ。

 シンデレラがわざと落としていったガラスの靴を。




 人の多い地下街を、早歩きしながらぼやく。


「あいつホンッマ許さん。何でクリスマスに走って汗だくならなあかんねん」


 でも、と目線を落とす。


 追いかけなければ、待ってるのは彼女ではなく別れかもしれない。


 汗が冷えたのか、急にぞくっと身震いした。




 泉の広場、マルビル、うめきた広場……と、送られてくる写真を見ては、梅田中を駆け回る。


 こんなに走っても追いつけないのは、彼女が梅田の複雑な地下街や道をよく知ってるからだ。

 自分はお決まりのルートしか知らないため、迷うしショートカットできずに大回りしてしまう。




 クリスマスマーケットで賑わう広場で口を半開きにし、真上に向かってシャッターを切る。


「梅田スカイビル……っと。カップル多いんやろなー」


 屋上の空中庭園展望台は、普段から恋人たちであふれる定番の夜景スポットだ。


 ここだけじゃない、どこもかしこもカップルだらけだ。

 その中を、自分は一人走ってる。

 情けなくて泣きたい。


 いや、彼女はその中を独り歩いてるのだ。


 またくそっと悪態をつき、届いたメッセージに目を落とした。




「HEPの観覧車、か」


 梅田名物の真っ赤な観覧車を見上げる。


 くるくるくるくる。

 彼女の手のひらで踊らされ、梅田中を駆け回る。


 でもこうして写真を送ってくるのは、追いかけてきてってことだろうから。


 ぐっとスマホを握りしめ、地面を蹴った。




 次は白とカラフルな牛の置き物だった。


「何やこれ? あー、LUCUAルクアに何かおったな」


 もー近いな、と思わずニヤけた。


 そして置き物の前でスマホを持つ手を震わせる。


 違う……。どピンク! しかもカバやこれ!


 近くにいた人に尋ねると、牛はNUヌー茶屋町だという。

 まだ遠かった……と頭を垂れた。




 走りながらふと見ると、クリスマスの街はキラキラきらめいている。

 人混みは幸せそうな笑顔で輝き、自分とは別の世界のような。


 そんな気がするのは多分ーーー。


「酸欠、か……」


 壁に手を突き、ぜーはー息を整える。


 届いた写真を見ると、イルミネーションが写っている。


 イルミネーション? そんなんあちこちにあるわ。


 『梅田 イルミ』と手早く入力し、検索結果を読み上げる。


「阪急、ディアモール、ハービス……。場所バラバラや」


 ん、と彼女からのメッセージに眉をひそめる。


『ゴールできたら金メダルと銀メダル』


 変わった言い回しに、チッと舌打ちをする。


「そーいうことか……」




 イルミネーション輝く広場兼連絡橋。

 十本以上の線路と電車を見下ろせる、時空ときの広場。


 エスカレーターを駆け上がったところで腰を折って息を整える彼に、彼女は黙って金時計を見上げた。

 奥には対になってる銀時計がある。


「もーすぐ0時。シンデレラは帰る時間や」

「誰が……っ、シンデレラや……っ!」


 へろへろになりながら彼女に近寄る。

 彼女は口角を上げて、


「クリスマスくらいなりたかったんよ、お姫様に。お疲れ。大変やったなー、ガラスの靴探し」

「ホンマやわ。靴なんぼ履いとんねん。タコか」


 彼女はぷはっと吹き出し、八重歯を見せて笑った。


「あと、俺は王子ちゃう」


 せやな、と同意する。


「王子やったらクリスマスに彼女一人にせんよな」


 痛いところを突かれ、ぐっと喉を詰まらせる。


「ちゃう、ってそれもあるかもしれへんけど、そうやなくてっ。俺が王子やったら」


 腕を伸ばし、唐突に彼女を抱き寄せた。

 彼女が目を丸くして固まる。


「ーーーそんな簡単に帰したらん」


 探して探してやっと会えたのだから。

 追いかけ捕まえて帰さない。


 その時、ちょうど0時を告げる鐘の音が鳴り響く。

 シンデレラの魔法が解ける。

 けれど彼は彼女を離さなかった。


 やがて流れ始めた音楽に合わせ、イルミネーションが動ききらめく。


「あー……踊る? 王子サマ」

「要らん。もー散々踊らさせられた」


 そうやな、と肩を揺らして笑う。


 そして彼の背に手を添え、微笑んだ。


「……ありがとぉな」




 下りの長いエスカレーターに乗って、長いため息をつく。


「もー十年分くらいクリスマス味わった気分や……」

「一人でそんな満喫できたんやったら、あたしは帰ろか」


 何でやねん、とツッコむ。


「クリスマスはこれからや。ちなみにお家に着くまでがクリスマスな」

「何やのん、それ」


 屈託なく彼女が笑うので、自然と笑みがこぼれた。


「つーか走り回ってむっちゃ腹減った。飯や飯」

「私は減ってへん」

「えっ、お前まさか食うたん? 予約したディナー」

「当たり前やん。キャンセルできひんの、もったいない」


 二人分……とつぶやくが、彼女は涼しい顔をしている。


 エスカレーターを下りたところで手をつなぎ、並んで歩き出す。


「おし、クリスマスやから鶏食お。牛でもカバでもなく」


 何でカバ? と彼女が首を傾げた。

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オーサカシンデレラ・クリスマス 紅璃 夕[こうり ゆう] @kouri_yu

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