Side〝L〟-2 かくもかたりき


 お久しぶりですね、皆さん。


 話のこしをおるようですが、左手法なるものをご存じでしょうか。

 たとえばアトラクションで立体迷路に入ったとき、左手を壁にそえて歩くと必ず出口に出れる、という古典的な脱出手段です。

 もちろん右手でもいいですし、立体でなく、TVゲームのダンジョンでも、パズル本の迷路でも使えます。

 しかし、たとえ大昔の使い古された迷宮でも、この手段で解けない場合もあります。


 こちらはSide〝L〟です。

 このSideが〝左〟ならいいのですが。



 #

 わたしの眼前には、丈治、有巣、サイコの三名がいます。場所はSide〝D〟でのレファミレス。

 

 女性店員がチョコレートパフェを三つ、運んできました。

 

 サイコはすぐスプーンを取り、生クリームを一口。

 丈治はまったく興味を示さずに、サイコから受け取った容疑者リストを読みふけっています。

 有巣は、気分が優れない様子。じっとテーブルに視線を落としている。

 

 すると丈治がサイコに顔を向けました。

「ハメたな、おまえ」

 サイコはパフェを食べながら答えます。

「何のことかな。丈治くんのたどり着いたのは、ボクとは違うようだ」

「いいや、同じだ。まず事件があったのは十年前。鏡の移動と噂は九年前。事件が噂になるのを学校は避けた。なのに、噂になった。その矛盾。で、これだ」

 

 丈治は資料をテーブルに置きました。

 有巣は顔をあげて、きょとんしています。

「おまえの言う通り、記憶を引っ張り出して、一言一句、思い出して脳をフルに使ってみた……いくらおまえがマニアでも、こんなものを入手できるわけがない。

 何か別の事件をもみ消すための、偽の資料だ。これを流したやつ、別の事件の犯人……〝五時ババ〟のルーツを調べると、この二人のどっちかに繋がる。俺たちが噂を広めるほどにリアクションが返って来る。そしておまえは真相にたどり着くって魂胆だろ?」

 サイコはパフェを食べながら答えました。

「ナイスアプローチ。調べるだけ闇の中に入っていく。だから話のネタにしてもいいけれど、忘れた方が良いと言ったのさ」

「ふざけんなよ……」

 息と悪態をついて丈治はパフェを食べ始めました。

 今度は有巣が資料を手に取って読みます。

「真実は一つだ、なんてアニメだけ。まず、ボクがこの事件を知った経緯に」



 #

 おや、いいところだったのに。

 情景が変わってしまいました。

 ファミレスの外に出てしまった。

 まあ、ここはSide〝L〟なので丈治らとは一旦、別れましょう。

 

 狩川トロアの様子を見に行くことにしましょう。すぐ近くなので。


 #

 わたしは少し前に休憩をとり、別のSideを見ていました。

 黙って比較しようと思った理由は、以前も述べました。

 長いからです。

 しかし何故、長いのでしょう。わたしは何故、ここにいるのでしょう。

 

 ああ、繰り返しますが私は皆さんと同じ迷子です。

 その証拠を提示しておきます。

 

 わたしの名前は桐谷きりやゆう。または、ソフィ・マクガーレン。

 母はカリフォルニア出身の白人で、父は大阪生まれのハーフ。十歳までアメリカ暮らしでした。

 今は日本国籍を取得して日本暮らしですが、日本名は嫌いなので、ソフィと呼んでください。女ですので正確な年齢は言えませんが、二十代後半とだけ。

 

 もちろん真幌女子の事件など知りもしませんでした。

 むしろ、わたしが犯人か被害者であれば、まだましでした。

 


 マンション丸一の前に戻って来ました。丈治の部屋、601号室の灯りは消えています。

 隣の602号室には灯りが。

 トロアは帰宅しているようですね。そちらに向かいましょう。



 #

 さて狩川トロアの部屋の中です。


 丈治と同じ様式ですね。1LDK。リビングにはソファと足の低いテーブル、テレビ、本棚、パソコン。そしてベッド。

 すべて似せています。

 しかしベッドは白いシーツにくるまれたものが、どんと置いてある。それ以外は丈治と同じ。


 トロアはテーブルに置いた、ノートパソコンに向かっています。どうやらゲームをしているようです。

 恋愛ゲームですね。架空の高校を舞台に、女生徒となって幾人かの男子生徒と恋をする。タイトルは『Hi♡loveスクール!』。

 主人公や登場人物の名前を自由に設定することができ、有名声優がキャラクターを演じています。

 人気シリーズのようですね。彼女がプレイしているのは4作目。どうやら違法サイトからダウンロードしたようです。最新作は6ですが、トロアの収入では手を出しづらい。


「トロア、今日は図書館で勉強しようか」


 1・「うん、いいよ」と私は笑顔で頷く!

 2・「いや。それよりゲーセン!」と遊びに繰り出す!

 3・(なによ。昨日、あれだけケンカしてさ)私は押し黙った


 トロアは主人公の名前をカノガワ・トロアとしています。

 そして画面のキャララクターは「トロア」と呼びかけて選択肢が現れます。

 キャラクターの名前は「ジョージ」ですね。実際の丈治よりいささか細面です。


 正に王道の疑似恋愛ゲームでしょう。

 ですが彼女にとっては、恋愛そのもの。

 現実の丈治には、挨拶こそすれ、町田有巣という恋人がいるのですから。



 #

 さて、トロアはゲームに熱中しており、特に語るべきこともありません。


 なので、この方に話をきいてみましょう。


 トロアが殺害した女医です。彼女はずっとトロアの部屋にいます。



 遺体から魂が抜けて、生前の姿でトロアの背後にいます。

 もちろん、他の人間には見えませんし、トロアも気づいていない。

 女医はじっとトロアの背後からトロアを睨むように見ています。


 話しかけてみましょう。



 #

 こんばんは。

「誰よ」

 わたしは迷子です。ソフィと呼んでください。

 あなたは誰ですか。

「私はこの子の主治医よ」

 トロアのことですね。

「気安く呼ばないで。この子は私のもの」

 しかしあなたは、すでにお亡くなりの様子。

 俗に言うと幽霊。触れることも語りかけることもできない。

 やはり、恨みからそうしているのですか。

「恨む? どうしてよ。この子は私を殺してくれたんだから。恨む理由なんて無いわ」

 よくわからないのですが。

「だってこの状態は便利よ? お腹もすかないし、眠る必要もない。壁も人間もすり抜けて、ずっとこの子の傍にいられる。食事も風呂も、トイレも、自慰も、性行為も、薬でトリップした脳も、夢も覗ける。永遠に、ずっとね」


 薬。

 クワトロンですか。

「いいえ。あんなもんじゃなくて、もっと危ないヤツ」

 麻薬ですか。

「そんなとこ。この子に憑いていればわかるけれど、私が許さないから」

 では教えていただけますか。

 その薬はどこから、誰から入手するか。

「そうね……私はトロアの、というか色々知っていて覚えてる。でも、他のヤツに教える必要とか義理は無い。これが返事」

 質問を変えましょう。

 あなたは、死、というものに触れた。だから肉体を失った。間違いありませんね。

「そうよ」

 その原因は彼女、狩川トロアにある。

「ええ。感謝してる」

 今、彼女が服用しているという薬とはあなたのあずかり知ることで、わたしは知る由がない。

 でもそのヒントはいただきたい。

 たとえば真幌にいる暴力団、またはマフィアなどから仕入れたと考えられるのですが。

「聞いてどうするの」

 脱出する手掛かりにしたいのです。

「脱出? どこから、どこへ?」

 この迷宮からですが。

「おかしなことを言うわね。この現実から脱出なんてできやしない。たとえ死んでも、天国に行くとか成仏なんてしない。ここがあなたの言う迷宮とやらの出口で入り口」

 現実ですか。

「そうよ」

 では薬でトリップ、というのは夢ともいえる。

 わたしは一応、人の心が読めるのですが、例外もいます。

 その例外の一人があなた。

 つまり人間でないあなた。

 現実か、トロアの脳が薬で作った幻覚か、第三者には判断しかねる、あなた。

 

 もし現実ならば、あなたはきっと幽霊なのでしょうし、語ることは真実。

 幻覚ならすべて嘘。でたらめ。

 どちらにせよ、あなたの言う事を鵜呑みにはできませんね。

 おわかりのはずです。

 あなたの発言、主張はほぼ、あなたの独断であり偏見です。

 トロアを見ていればわかる。


 彼女はあなたを愛してなど無い。

 覚えても無い。

 忘れている。

 忘れて恋愛ゲームと薬、相田丈治、アルバイトに依存している。
























「黙れ」








 なら答えてください。

 あなたの知る事を。



 無駄ですよ。睨んだって。


 あなたの恨みや怒りをわたしにぶつけると、トロアが荒れる。

 そしてきっと、あなたを思い出し、また忘れようと懸命になるでしょう。

 遺体を捨てたり、お祓いしたり、引っ越したり。

 


 教えてください。









 まず、あなたのお名前は?


































「タブセ・ユリカ」















 #

 さて皆さん。

 Side〝L〟は〝Left〟つまり〝左〟だとは、一概に言えない。


 わたしは被害者でも犯人でもありませんし、作者でも神でもない。

 当の作者は亡くなっていますが、その死因は何か。

 この迷宮を作った作者は誰なのか。

 この迷宮の全体像はどんな形なのか。

 これらがわかれば、抜け出せるはず。


 お節介ついでに、わたしの考えを。


 序破急の破が、Side〝破〟では無い。

 各Sideにふられた文字を追っていると、左手法の欠点が見えました。


 では、また。

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