第四話

テスト前に出かけて大丈夫だったはずがないのは、私も歳もわかっていると思う。

テスト本番。ただいま見直し中。井川くんのオススメのシャーペンをコトンと置く、これでやっとテストが終わる。

「終わったー!」

チャイムが鳴ると同時に声を出す。

「静かにしろー」

中島先生から注意を受ける。私の悪い癖です…

「やっと終わったね」

そう話しかけてくれるのは歳だ。

「うん!これでバイトもゴルフも解禁だー」

「今日は一丁打ちっ放し行くか?」

「行こう!打ちたい!」

そう言って、帰路につく。


家に着くと私は早速準備を進めた。約二週間ぶりのゴルフだから楽しみだ。

いつもの集合場所に彼はいた。

行こうか。そう言って手を繋いでくれるのが最近すごく嬉しい。

練習場にはあっという間に着く。

一階の真ん中の席を取り、ストレッチをする。

「優輝、こっち来て」

何だろう。そう思って私は小走りに向かうと。

「今日のところは俺が出すよ。何カゴ出す?」

「そこまで心配しなくても大丈夫だって。私もちゃんと持って来たし。心配しすぎー!」

ほんとに心配性だなー。と思う。

「俺に出させてくれ、なんか日頃の感謝?とかもあるし」

「何言ってんのよ。私先買うよー」

「よく見てみて。お金入ってるよ。さあ何カゴ出す?」

「三カゴ…」

敵わない…優しすぎる…私は甘えてばっかりいる。そろそろ恩返ししたい。

ストレッチが終わったので、球を打つ。無言で打つ。やはり二週間も空けば調子は良いとは言えない。前回の改善点は克服しているけど、新たな改善点が出てくる。

改善点は、更にゴルフバランスを構築するために必要になる素材だ。ただし、その素材は拡張子のように変換しなければならない。

「優輝、これ見てくれよ」

歳の言葉で我に帰る。

「大会?出場条件は高校生のみか…行く?」

「俺は行こうと思う。でも出るなら出るで更なる努力が必要だね。今のままじゃ予選通過もままならない」

「技術もそうだけど、基礎的なことも鍛えないと。メンタルも必要だし」

「それぞれ親に報告して、絶対に許可をもらうんだ。夜の21:00に連絡それでいいね?」

「了解!」

そう返事をすると歳は何処かへ行ってしまった。

気になったがすぐに練習に戻り改善点を見つける。私達は絶対に出場して、上位を狙う。気持ちが高ぶり、練習に身が入る。

練習後は恒例の珈琲を飲み、帰路につく。

「許可をもらったら即練習だね。大会なんて初めてだし」

私は、コクリと頷く。

正直許可が下りるとは思えない。家庭状況も決していいとは言えないし、バイトもまだ決まってない。

「あ、バイトどうする?俺一個いいところ見つけたんだー」

心中を読み取ったように歳が答える。バイトの内容は、ゴルフ場の売店の仕事だった。

そうか。いなくなった時に聞いてきてくれていたんだ。

「バイト後はボールを打たして貰えるみたいだし。いいと思わないか?」

「これも親に相談してからだねー。でも有難う」

誰もいない夜道。私たちは抱き合った。温もりが心地よく、ずっとこうしていたいと思った。

「もう行かなきゃ」

門限が迫っていた。けじめをつけなければならない。

「もう少し、いいだろ?」

いつもの優しい口調と違う男らしい口調の歳と私は再び抱き合い、キスをした。

門限はとっくに過ぎていた。


門限を過ぎていた件については当たり前だが怒られた。練習が長引いてと言ったが、門限が過ぎている現状には変わりないと論破された。

「あの、二つ相談なんだけど。一つはバイト始めさせてくれない?二つは大会に出場したいの」

すると両親は顔を見合わせた。

「どのような職種なんだ?」

父親が口を開いた。

「ゴルフ場の売店の仕事。土日しか行けないけど、給料はそこそこだしとりあえずは十分かなって。歳も一緒に始めるし」

「彼は関係ないだろ。自分がやりたいと思っているのか?」

「私はやりたいと思ってる」

「ふむ、それなら頑張りなさい。そして二つ目の件だが、なぜ出場しようと思うんだ?」

きた。ここが一番自分をアピールして両親の納得を得て、許可をもらうところだ。

「私は大会に出たことがない。ゴルフは真面目に取り組んできたけど、競うということがなかったの。つまりは競技として捉えてなかったってこと。だから、ゴルフを通して新しい競技としてのゴルフに足を踏み入れてみたいの。何か違うものがある気がして」

「競技ゴルフに挑戦しなくても、ゴルフを楽しく続けていれば今の優輝にはそれだけでもいいんじゃないか?」

なんで娘が新たなチャレンジをしようとしてるのに食い止めるのよ!と私は思った。

「競技ゴルフに挑戦することによって、モチベーションが上がるし、沢山の経験ができるから。よは世界が広がるってこと」

「ふむ…」

「ねえ、お父さん。優輝も最近頑張ってるんだし、いいじゃない」

お母さんの心は動いたようだ。あとは、お父さんのみ…

「優輝に任せる。だが、頓挫して、挫折するな。後悔しても知らないぞ」

「ほんとに!?有難う!頑張るよ!」

意外とすんなり、説得できたようだ。

早速自分の部屋に戻って、歳に電話をかける。

三コール目で繋がった。

「俺は、出場できる。優輝は?」

「大丈夫だよ!私もバイトと大会、どっちもいける!」

「やったね!明日から二人で頑張ろう」

「うん。ほんとに有難う。歳に助けられてばかりだね」

「礼はいらないよ」

「私もいつか恩返しするから覚えといて!」

「じゃあ楽しみにして覚えとく」

「明日また打ちっ放し行こうね!三カゴから四カゴに増やすよ!」

「お、そのいきだ。頑張ろう!」

そう言って、私たちは通話を終了する。

すぐに毛布を被る。

頑張ろうね。二人で。辛い時は二人で支え合うんだ。私は貴方を見下ろす空になる。

この思いは届いているのだろうか。


風の向きが変わった気がする。温度が微かに上昇した気がする。僕は確かに何かを感じたのだ。危機的なものじゃない。願望や希望の類いだろう。

優輝…。僕は常に彼女を求めている。依存し、中毒になっているのかもしれない。

クラブに触れようとするとバチっと静電気が発生して、反射的に手を引っ込めた。全てのクラブを拭き終わると、毛布を被る。

頑張ろう。二人で。

そして、目を閉じた。


僕たちの朝は早い。まだ太陽が顔を出す前に目覚める。

朝はお互いにそれぞれ走り込みをして、結果をいつもの集合場所で、伝え合う。頑張っていなかったら注意し、注意される。厳しく評価し、自らに負荷をかける。本番までは残り一ヶ月。ギリギリに申し込んだため、僕たちは計画を急ピッチで立て、実行している。そして今日は、走り込みを中止し、大会が開催されるコースでの練習だ。久しぶりのコースで清々しさが身体を包む。新鮮な空気を吸い、マイナスイオンを浴びる。しかし、早朝の山奥は気温が低い。朝マイクロバスに乗っていた時も、手が悴み、震えていた。フロントでの受付を済ませ、ロッカールームに入る。久しぶりにゴルフウェアを着たが、違和感はなかった。勝負するときはライトグリーンのウェアと決めている。一ヶ月前からでも同年代のゴルファーが多い。対抗心が出てくるが、本番までとっておかないと勿体無い。ここは確りコースレイアウトやグリーンの形状に傾斜。全てを頭に叩き込もう。気持ちを楽にするが、集中力を切らしてはならない。今日叩き込んだことを元に反復練習を繰り返す。

「今日は9.5フィートかー」

隣にいた優輝が言う。フィートという単位は、グリーン上で球が転がる速度を表すものだ。

「しかも、グリーンは寒さで凍っている。厄介だな」

グリーン上が凍っていると球をグリーン上に止めるのが更に難しくなる。

「慎重にいかないとね。寒いから体も回らないだろうし」

「あくまで今日は、勉強だよ。コースが先生で、俺らは生徒。学ばないとね」

僕たちの組が回ってきた。といっても、僕と優輝だけなので後ろの組の迷惑にならない程度にはゆっくり、作戦を練りながらラウンドできる。

順番は僕が最初に打ち、優輝が僕の後に打つ。男女ではティーショット(一打目)を打つ位置が違う。

「よろしくお願いします」

コースと優輝に帽子を取り、頭を下げる。ゴルフではマナーが何よりも大事だ。組に一人でもマナー違反者がいると、組の人に迷惑をかけ、不快な思いを与えてしまう。技術よりマナーを優先せよ。親によく言われたことだ。一ホール目はロングホールだ。ボールの後ろに立って目標方向を確認する。フェアフェイは広いが、左にバンカーがある。僕の飛距離だったらゆうに超えるので心配はいらない。即座に構えをとる。ここというタイミングが訪れ、球を打つ。

「ナイスショット!」

優輝が僕に向かって叫ぶ。帽子のつばに手を当てる。ボールはフェアフェイのど真ん中に落ちた。

対する優輝も確りコースと僕に頭を下げて、構えに入る。彼女の小柄な体格から繰り出されるショットは練習場で見るよりも美しく、華やかだった。

「ナイスショット」

「いえーい!ありがとう!」

二人とも出だし好調だ。体も少しだが、温まってきている。第二打目の地点まで歩き、そこからグリーンの距離を予想してクラブを引き抜く。練習場ではいつも地面が水平で、芝生ではないマットだが、コースは違う。あらゆる状況において様々な顔を見せるのだ。足元に傾斜がついたり、地面が湿っていたりと、同じパターンはない。第二打を打つ。球はグリーン方向へ綺麗な軌道を描いて飛んで行く。マットでは味わえない、ターフを取るときの音も最高に心地良い。

グリーン手前にバウンドした球は、カップから6mほどのところで静止した。

「ナイスオン!いいじゃん!」

自然と拳を握りしめていた。久しぶりのゴルフは予想を上回る楽しさに満ち溢れていた。優輝も第二打を打つ。球はグリーンに直接バウンドし、キュッと静止する。カップから4m。

「嫌味だなー俺より内側じゃないか」

「絶対に負けないもんねー」

第三打目はお互いグリーンの早さに圧倒され、第四打目でカップインした。

「出だし好調!二人ともバーディーじゃん!」

「そうだね。この調子でいけば予選通過ラインで回れるよ」

バーディーとは規定打数のパーよりも一打少なく回ることだ。ゴルフ競技ではどれだけバーディーを奪って、スコアを伸ばせるかが勝負になってくる。つまり、スコアがマイナスに大きい方が良いということだ。「予選通過ラインはどのくらいだろうね」

「気にしない方がいい。自分のゴルフをするんだ」

そう。自分のゴルフをしたらいいのだ。それで通用しなかったら実力がなかったということだろう。再び登り直さなければならない。

意気込んだものの、今日のスコアは良くなかった。

予選通過がどのくらいか気にしてしまう。自分の言った言葉に間違いはないが、自分が思ってしまってはいけない。

対する優輝は。

「まあまあかな。なんとか自己ベストタイだねー」

と、喜びも悔しさも感じられない。平凡なオーラを放っている。一生彼女には追いつけないのか。悔しさはある。練習してやろうとも思う。でもどこかで、ダメなんじゃないかという気持ちがある。

「はいこれ!」

優輝の手には、スポーツドリンクが二本握られていた。

「ありがとう。いただくよ」

カチカチとペットボトルの蓋を開ける。彼女は微笑んでいた。

「元気出た?」

「ありがとう」

それだけしか言えなかった。喉を通って行く冷たいスポーツドリンクの水分を感じながら僕はただずっと、スコアカードを眺めていた。

10オーバー。

予選通過は勿論ままならない。残り一ヶ月の計画を変更するか。でも、急ピッチで進めすぎても、逆に狂ってしまう気がする。どうすればいいんだ。考えれば考えるほど、僕は黙る。優輝が何か言ってるかもしれないが、少なくとも僕の耳には聞こえていない。

「もー、そんくらいで落ち込まない!」

バンッと背中を叩かれ、励まされる。全く情けない男だと自虐する。

「下向いてばっかりいると、頬が垂れ下がってきて、かっこいい顔が台無しだよー?」

「バカ。照れるじゃん」

そうだ。逆にまだ一ヶ月も修正が効くのだ。諦めるな。自分に可能性があると信じて、これ以上ないくらいの努力をすればいい。

「励まされてばっかりだね。ありがとう。俺頑張るよ」

「そうだよ。自分の心中悪魔を蹴散らしちゃえ!」

ガシッと握手をして、それぞれロッカールームに入る。帰りの支度を済ませて、再び集合する。

「ありがとうございました」

「ありがとうございました!」

フロントに挨拶をしたら、キャディーバッグを受け取り、マイクロバスに乗る。

「明日は今日の反省点を直そうー。それでだけどね。ゴルフノートみたいなの作らない?改善点を書き残すことができるし、一個一個口で言うよりも読んだ方が早いし」

「それいいね。賛成。俺可愛いノートにしよーと」

「あ、私も!って言うかお揃いでいいじゃん!」

「じゃあ帰りに前行った文房具屋寄って帰るか」

「そうしよう!」

マイクロバスに20分ほど揺られ、文房具屋の最寄のバス停で下車した。そして、お揃いの緑のノートを買い、帰路につく。

「まさに、自然の色って感じだね!」

「そうだね。毎日書く気になる」

このノートを一ヶ月で埋めようと決めた。そして毎日学校で見せ合うこと。こうすることによって、よりモチベーションが上がる。

「頑張るぞ!」

「頑張ろう!」

繋いだ手を掲げながら、叫んだ。

やれる。やりきるんだ。僕たちならできる。

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青空に届かせる ざっきー @Life_of_zackyky

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