好きだと言える恋ですか?

 直樹は、いつだって勝手だ。

 デートをしていても、セックスをしていても、私の中では、直樹はいつも私の先に勝手に行ってしまって、私はいつも心の中で置いてきぼりにされているような気になる。

 遊びに行って、コンビニで立ち読みする神経が分からない。

 夜にした後もずっと話していたいのに、スマホを触ってビールを飲む後姿。

 直樹、私は、あなたの何ですか?


 冬服の上着を買いに行った日だった。

 私は頑張っておねだりしてみて、真っ白なコートを直樹に買ってもらった。

「うれしい。ありがと」

「うん。疲れたし、どっか座ろ」

 先に立ってベンチを探す彼。

 直樹は絶対に、私を待ってくれない。

 一人でホイホイ、旅のツアーコンダクターのように、私の前を早足で歩いていく。

 ねえ、こっち向いて?

 でも私はいつも、「仕方ないな」って顔をして、見守るように、「なんでもないよ」って顔をしながら、何でもなくない気持ちを、見守るような笑顔に乗せて、直樹の背中を追いかける。

 突然、携帯が着信を告げた、直樹の。

 直樹はいつものように、何の躊躇もなく電話に出て、何か話している。

 電話が終わった彼は、私に振り返ってこう言った。

「ごめん。仕事の仲間の誘いだった」

「そっか。じゃあ、今日はバイバイだね」

「いや。パートナーいる人は連れてきていいって。来たい?」

「うん」

 照れ臭かった。俯いて、頬を緩めて、私は頷く。

 滅多に紹介なんてしないくせに。

 しても、「友だち」って言うくせに。

 それなのに、今日はパートナーって呼んでくれる。

 直樹の、バカ。

 見捨てたくても。

 できないじゃんか。


 この街にはこんな素敵なお店があったんだっていうくらい、真っ白な内壁と、ヨーロッパみたいな店内の螺旋階段、中二階メザニーンのバーカウンターと、ゆったりとしたソファ。

 まるで、天使のお茶会みたい。

 そのお茶会で、彼はいつものようにビールを飲んで、いつものように私の事はほったらかしだ。

 でもいいんだ。

 パートナーだから。

 抹茶ラテみたいな、私の気持ち。

 穏やかに騒めく不特定多数の人間の声と息とアルコールの香り。

 その時、控えめに俯いてココアを飲んでいた私に声がかかる。

「直樹の彼女さん、大人しいね」

「そうですかね」

 見ると、同い年くらいの苦みの利いた顔の男の人が、私を見つめていた。

「直樹、いつもあんなだから、もう慣れてます」

 そう言うと、ビターな男の人はふっ、と表情を崩して、くしゃっと笑った。

「きみは、直樹の保護者じゃないでしょ?」

「いいんです、保護者でも。どんな呼ばれ方しても、気にしません」

「気にしない女性なんていないよ。我慢するのが恋じゃないでしょ?」

「我慢するのが、私の恋なんです」

「それは、好きだと言える恋?」

 そう言われて、胸の奥が軋んだ。

 好きだと言える恋ですか?

 答えは、メイビーイエス、メイビーノウ。

 どちらでもあって、どちらでもないこの気持ち。

「好きだと言えない恋でも、私は直樹が好きなんです」

「直樹が恋じゃなくても?」

 沈黙して、考える。

 直樹にとって私の事は、好きだと言える恋なのかな?

 でも、やっぱり…

「直樹が恋じゃなくても、です。どんな風でも、どんなに些細でも、直樹に関わっていたい。傍に居なきゃ、だめなんです」

 ビターな男の人は目をつぶって、笑った。

「それはさ」

「はい?」

「きみの恋は、もう愛なんだね」

 言われて、今までの靄が、真っ二つに晴れていく様だった。

 そうか。

 あの我慢の恋は、愛の始まりだったんだ。

「直樹」私は直樹に声をかける。

 それまで仲間と話していた直樹はカウンターから「ん?」と首を傾げる。

「愛してるよ」

 店の中がざわついて、直樹が困ったように顔を背けると、遅れてみんなの笑い声が響いてきた。


                 inspiration indigo la End 「瞳に映らない」

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