一番、セカンド、チャンス×


 君が男の話しをしても、もう何も感じない。それは半分本気で、もう半分はかまってちゃんだって事は分かっているけど、僕の高まってどうしようもなかった恋心は確かに冷たく固まっていった。


 彼女とは週に二回、一緒に昼食を食べる。それは特別な理由からでも特別な感情からでもない。昼前の授業が同じ、ただそれだけ。

 最初は嬉しかった。話しかけられた時にしか会話することのなかった彼女が、向こうから一緒に昼休みを過ごそうと言ってくれた事が。レポートを写したいって下心があることは分かっていたけど、同じ授業をとる他の男や、女友達じゃなくて、僕である、と言うことが。

 昼休みの僕たちは、いつもの僕らじゃない。

 誰に対しても聞き役が病的に上手い僕は、彼女と過ごす昼休みにだけ、自分の事を話す。でも半分はウソ。真実をベースに脚色して、結果、笑えればそれでいい。僕のこういう考え方は見た目の印象を裏切っているらしい。そして話の内容も。「大人しそうで話すとかなり適当なんだ」って言われるのには慣れている。それが錯覚を起こさせて二人の距離が簡単に縮まっていくってパターンにも。それは彼女との仲も例外じゃなかった。

 だからいつも無造作に結っている髪に触れるのは難しい事じゃなかったし、互いの口をつけたドリンクを交換することも自然にできた。気まぐれに指を絡めあったり、会話の途中で突然見つめあったり。

 勘違い、したくなるだろ?

 1,2,3で縮まる距離。

 マイペースな彼女のお守りをする午後一時半。

 そんな日々が二か月は続いた。


 前期の期末テストが終わるちょうどその日、彼女は誕生日を迎えるという。

「予定なにもないし。あーあっ、どうすんべ私の青春」

「そう、色気のないバースデイだね」

「ないよ。家族と家ですき焼きかな」

「なら、俺と飯でも行く?」

 自分で言うのもなんだが、良いタイミングだったと思う。これだけ毎度一緒にいて、僕らはまだ外で会ったことがなかった。

「んー、いいんじゃない。バイトのシフトみて、友達から連絡なかったら」

「あ、そう。友達って男?」

「ううん」

「そう」

 いつものように会話をしていると突然彼女は溜息をついた。

「はあ」

「どうしたの」

「はあ、あーあっ。んぁーーっ」

 急に唸って手のひらで机を叩きだした彼女を見て、あまり機嫌がいいとは言えないことを悟る。

「あのさ、」

「どうしたの」

「湊くんはいつもそうだね。安全なところから、傷つかないとこからしか手を伸ばせない。それでバカ。賢いつもりなんだろうけどかなりバカだよ。自分はウソとかつくくせに私がウソつくとは思ってないバカ。言葉通り女友達としか遊びに行ってない訳ないでしょ。毎日飲みに行って女しかいない、冗談でしょ? 話してあげよっか、仲のいいバイト先の先輩が本当はいい年した大人の男だって。抱きしめられた体からくらくらするような良い匂いがしたこと、他の男から告白されたこと、ねえ、なにが聞きたい?」

 いきなり畳みかけられて情けないことに頭がぼーっとした。けれど守備職人である僕の精神は、それでもゴロを丁寧に捕球して送球しようとする。

「今まで黙ってたことなら、ずっと黙っていればよかったのに。なんで急にそんなこと言ったのか、いまいち良く判らないな」

 口ではそう言って、心で傷ついていた。彼女がモテる事にはなんの不思議もない。だって僕が惚れたくらいだから。でも僕に見せていた好意が実は彼女の天然で、他の男にもそうだったなんて事、簡単に認められる訳もなかった。


 それからも、僕らは相変わらずで、お互いにあの日の話題は避けて、そして彼女は大っぴらに男の話しをするようになった。僕は「気になる男友達」から「愚痴を聞いてくれる男友達」に格下げされて、前ほど丁寧にゴロを捕球しなくなった。

「誕生日どうしよ」

「またその話し?」

「私ね、湊くんのこと気になってたんだよ」

「知ってるよ。そして今はそうじゃないことも」

「だって話しやすかったし、レクのソフトボールの時かっこよかったし、男らしい人かなって思ってたし。でも気持ち確かめるような事は全部メールで、いつも同じ距離から心探って」

「まあビビりですから」

「誰かに本気になったことある? 自分の殻を脱いでぶつかっていった事ある?」

 ないよ、本気になればその分いつも怖かったから。「気持ち童貞」って、昔言われたくらいだし。

「がっかりしてるよ、私。でもね、」

「うん?」

「失望した心を、それでももう一度ときめかせてよって、ちょっとだけ思ってること、湊くんは全然気づいてないんだろうなって。自分の傷を舐めるのに必死で」

 僕にどうしろって言うんだ。

 どれだけ年を重ねたって、一皮むけば、チャンスでことごとく凡退していた少年時代のグラウンドが脳裏に浮かんで、心で震えてるチキンな僕。

 喉の奥がほんとに震えて、言うべき言葉が出てこない。

 そんな僕の様子を見ていた彼女は突然席を立ち、僕は終わったと思った。

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