アラカルト

鈴江さち

もらいタバコ


 それはちょっと普通ではお目にかかれないくらい美しくて、けれどひどく陳腐で、よくあるお話しのワンシーンのようだった。

 外人のおばあさんが二人、病院の傍の公園の木陰で抱き合っていた。なんで二人して連れ添っているかなんて、大病院の傍の、それも昼下がりの薄暗い公園で、俺には一つしか理由が思いつかない。

 俺は小さな喫煙所のベンチからそれを眺め、不幸なんてどこにでも転がってるんだな、なんてどうでもいい感想をぼんやり浮かべながら痒くても掻けないジレンマをまた飼い慣らして疼く右足首のギプスを一つ叩いた。


「学生あるある」

「聞くわ」

「良い女は必ずタバコを吸う」

「そう?」

「俺の周りの美人は九割九分ね。テニスとかやってる爽やかな女にはご縁がないし、あとはほら、残りの女のタイプなんてそんなに多くないでしょ、恋愛対象に入る女って」

「でも吸わない子だっているでしょ」

「うちのゼミの子はツールだって言ってた」

「ツール?」

「一人になれる道具。一緒にトイレ行ってリップ直して、どっかで一人にならないと群れの中で終わっちゃうって」

「ああ、なるほどね」

「そんなあるある」

 俺は髪を手のひらでくしゃくしゃにして富永さんを見る。彼女は思案気に宙の斜め前を目で追ってタバコを二本取り出した。公園に射す日光は今日は少しばかり暖かく俺は一本受け取って彼女が火を点け終えたライターを手に取る。

「社会人あるある」

「聞くよ」

「女は男のステータスを見るようになるけど男は女の顔しか見ない、ってよく言うじゃない」

「それ社会人あるあるなの」

「でも本当は女も顔しか見ない」

「けっこう意外」

「当たり前だけど結局男も女も動物なのよね。むき出しの女はジャニーズとか大好きでしょ、まあああ言うのにきゃあきゃあ言うのには否定派なんだけど」

「流行り廃りはともかく、おばさんだって韓流スターとかチェックするしね」

「大人の女は飢えているのよ、多分大人の男よりも」

「なんでだろう」

「世間はなんだかんだでまだ男社会で、社会にはゴミみたいな男がうようよいるの。知ってた、善良な小市民って一番多いゴミなのよ」

「それで?」

「恋人が欲しい時はゴミを漁るけど、降ってくる幸せなゴミの欠片を夢見てもいる。昔から女は受け身の生き物だし、最近は女から告白するのもありになってはきたけど、社会は変わっても男女のそういうとこってまだまだ変わらないって訳ね。だから女はいつも夢を見て、男は付き合うまでは主導権を握っているのよ」

「富永さんも夢見てるの?」

「夢を夢として理解して夢見てる、かな」

「顔がいい男が降ってくる夢?」

「あなたも見るでしょ、綺麗な子と仲良くなる夢」

「今叶ってるよ」

「いいわね、あなたのその貪欲なセリフ」

 彼女は煙草を吸い終わったその唇で俺にキスをして、私肺炎だからうがいはしてね、と言い残して去って行った。

 指に引っかけられたマスクがぷらぷらと揺れていて、松葉杖の俺は上着のポケットに入れていたタバコのボックスの角をなぞりながら後何回富永さんとタバコを吸えるかな、なんて考えていた。

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