第23話 死神の初恋⑯

 予期よきせぬ客の来訪を警告するように炭化たんかしたまき暖炉だんろぜた。続いて一度だけ扉がたたかれる。その音に反応し、ハクロが振り向いた次の瞬間――返事を待たずに扉が打ち破られた。

 現れたのは街の警備兵だ。十人以上はいるだろうか。みんな鎧や盾で身を固めて武装している。先頭のひとりが土足のまま上がり込んできた。腰から軍刀サーベルを抜くと臨戦りんせん態勢に入る。

「なんだ貴様たちは!」

 ただならぬ空気にハクロは、サーシャとアンを下がらせ、鎌を手にして威嚇いかくした。

 だが兵士らは無言のまま応答しない。得物を抜いたまま次々となだれ込んでくる。ハクロたちを囲むように陣取った。

 さらに後方から黒装束の集団が現れる。彼らがまとっている衣装は、アンが語った昔話に登場した者たちを思い起こさせる。サーシャが身に着けているローブともよく似ていた。

 黒装束たちはハクロとサーシャを一瞥いちべつするや口々に叫ぶ。

 死神がいるぞとはやしたて、

 魔女がいるぞとさわぎだす。

「こいつらにもサーシャが視えているのか。それに――」

 過去に刃を交えた者がこのなかにいるのだろうか……彼らはハクロを死神と認識しているようだ。だが、たとえハクロの過去を知る者がいたとしても、墓に棲んでいたころとは大きく背格好が変わっている。鎌を携えているくらいでは結びつかないだろう。そう高を括っていた。いまさら古傷をえぐられたくない。

 忌み子と呼ばれたくない。

 死神と呼ばれたくない。

「誰の命でやって来た、答えろ!」

 黒装束たちにも問いかけたが、やはり返事はない。代わりに片手を口許に添えると聞きなれない音を発し始めた。耳障みみざわりな低い声を唸らせるたびに乾いた空気が振動し、ちりちりと肌がける。

 異変を誰よりも早く察知したのはサーシャだった。

「火炎魔法よ、けて!」

 その声に反応し、ハクロは鎌を背にして身をひるがえす。

 アンを抱きかかえると窓に向かって走った。

 電気を帯びた火花が散り、後方で光を放つ。その中心で火球が生まれた。酸素に触れるや一気に膨張していく。瞬くうちに大きく広がると、亡者たちをのみ込んでしまった。

「ちッ――問答無用か」

 ハクロは舌打ちしながら窓を蹴破り、サーシャのあとを追って外へ飛び出す。そのまま隣の壁伝いに二度三度と脚をかけ、大きく跳躍すると隣家りんかの屋根に着地した。上空から振り返ってみれば火の手は診療所を焼き尽くし、燃え盛る炎が爆ぜていた。なにもかも消し炭にしそうな劫火ごうかだが、亡者の悲鳴はき消されることなく耳をつんざく。広がる光景はまさに地獄絵図だった。

「おい、医者――アンよ。亡者たちは燃やせば成仏じょうぶつするのか!?」

「いいえ、燃やそうと煮ようと溶かそうと、呪いが解けないかぎり――魂が浄化されなければ永遠に苦しむだけでしょう」

可哀想かわいそうに。俺ならば彼らを救うことができたかもしれないのに……なんだってやつらは急に攻めてきたんだ。この医者だって、諸共もろともにするつもりだったのか?」

「でしょうね」サーシャがかんたんに肯いた。

 彼女はハクロの隣で宙に浮いている。

「さっきの攻撃を見たでしょう。こんな街中だというのに、警告なしで火炎魔法を放ったのよ。全員、異端者いたんしゃ見做みなしている証拠だわ」

「そんな――私は魔女なんかじゃない!」アンはハクロから離れ、屋根から身を乗り出して叫んだ。「兵士様、めてください。私はただの医者です!」

 だが、彼女の願いも虚しく、狙いすましたように矢が飛んでくる。

 アンの喉許に刺さる直前、ハクロがそれをぎ落とした。

 続けざまに飛んでくる二の矢、三の矢をくぐり、アンの躰を引き寄せる。彼女の前に立つと飛来する攻撃をことごとく打ち払った。

「どうやらサーシャのいうとおりみたいだな」

「ぜんぶ魔女のせいだわ! 貴女が現れたせいで――」

「追われると分かっていて呼ぶわけがないじゃない。居場所が知れたのはきっと、亡者たちの気配が強くなったためでしょうね。此処は人の住む街中なのよ。勘の鋭い上級魔術者がいたならかんたんに察知されてしまうわ」

「どうする、応戦するか?」ハクロはサーシャの指示を仰いだ。「見逃してくれるつもりはなさそうだぞ」

 見下ろせば兵士と術師らがこちらを指差している。

 火事のせいで周囲が明るい。狼煙のろしとなって場所をしらせているようなものだ。月のすくない夜にはよく目立つ。汽笛きてきが鳴り、増援ぞうえんが次々と集まってくる。

 熱と異臭が広がり、次第に騒ぎが大きくなり始めた。

 下で子供の泣き声がした。外れた矢が当たったのだろうか。亡者の哭き声ではない。一般住民だ。遠巻きながら眼が合った。とつぜん始まった戦闘に、あきらかにおびえている。

 それでも攻撃の手は止まない。

 術者がまた呪文を唱え始めた。次は雷土いかづちか氷の飛礫つぶてか――

 対抗するようにサーシャも詠唱えいしょうを始める。こちらは防壁ぼうへき魔法のようだ。

 四方に黒い円陣えんじんが広がり、飛来する矢も炎もすべてのみ込んでいく。かなり強力な魔法陣だった。

「いつまでもたないわ。すぐに離れましょう。此処にいては無関係の者にまで被害が及んでしまう」

「とっくに巻き込んでるわよ!」一番の被害者が視力を失った瞳をいっぱいに開いてにらんだ。「嗚呼――こんなことになるなんて夢にも思わなかった。家も焼けてしまって……私、これからどうすればいいの?」

「貴女の場合は今に始まったことじゃないわ。十五年前から物語の登場人物となっているのよ」

 サーシャは冷たく云い放った。

 魔力が増大しているせいだろうか。いつになく口調が厳しい。焦っているように見えるのは、泣き言を繰り出すアンのせいではなく、筋書を描いた者に対する苛立いらだちの現れだろう。それが誰なのかは判らないが、自分こそが原因を生んだ張本人ではないかと想像してしまう。

 死神と出会わなければ家を失うこともなかっただろう。

 忌み子さえ生まれなければ視力を失うこともなかっただろう。

 ハクロさえ存在しなければサーシャもアンも幸せになれただろう。

 俺さえ――

「なにを考えているの?」サーシャがハクロの思考を遮った。「まさか自分がすべての元凶げんきょうだなんて思ってないでしょうね?」

「すくなくとも一端いったんになっている」

「それはみんな同じよ。ともに生きているかぎり、互いが互いに影響を及ぼし合っているの。良くも悪くもね」

「それでも俺は、眼の前で誰かが不幸になって欲しくない」ハクロは、座り込むアンに手を差しのべた。「おい、アン。貴様も俺たちと一緒に来い」

「ですが……この眼でどうしろとおっしゃるのです? ハクロ様の足手まといにだけはなりたくありません」

らぬ心配をするな。俺は、俺のために貴様をまもりたいんだ。だから頼む、協力してくれ」

 ハクロの気迫が伝わったのか、アンはわずかに逡巡したのち、躊躇ためらいつつも力なく頷いた。

「……分りました。魔女と連れ立つのは不本意ですが、ハクロ様の頼みとあれば無下むげにはできません」

「私も貴女も彼らからすれば同じ魔女よ」

喧嘩けんかしている場合じゃない。さあ行くぞ」ハクロはアンを背負った。「しっかりつかまっていてくれ」

「嗚呼……せめて静かに暮らしたかったわ」

「すべて片づけば必ずつぐなおう」

「約束ですよ」

「サーシャは自分で動けるな」

「なんとかね。だけど、私もちゃんと護ってよね」

「もちろんだ」

「あの、私、重くありませんか?」アンが訊いた。

「平気だ。サーシャより軽い」

「嘘。もう一回おぶって――きちんと比べてみて」

「喧嘩しないでくれって」ハクロは顔をしかめた。

 戦うよりも、かしましいふたりをなだめるほうが疲れる。だが、サーシャが復調ふくちょうきざしをみせてくれてよかった。屋根伝いに走りながらハクロはそんなことを思ったが、口にするとまたやかましくなりそうなので話題を逸らした。

「これからどうする? 山へ戻るか? それとも墓のほうがいいだろうか?」

「逃げても追われるだけよ」

「また棲家すみかを荒らされるのは御免ごめんだな。だけど、他に行くあてもないし……」

「城へ向かいましょう」

「城へ?」

「領主と話をつけるの。私たちは悪者じゃない。ただ、己のルーツを知りたいだけだって」

「うまくいけばストーリーテラーについても情報が得られるかもしれないな」

 ハクロは気配を断ち、闇に紛れた。

 見えざる明かりに誘われながら城へ忍び込む。

 ちょうど日蝕を迎える日のことだった。

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