第15話 死神の初恋⑫
それがハクロの問いに対する答えなのかは
殺す。
殺す。殺す。
殺す。殺す。殺す。
ハクロの胸の奥で巣食っていた黒い影が
我を忘れて鎌をかざし、産婆めがけて振り下ろす。
だが死神の刃はアンの首を取ることはなかった。
ハクロが己の腕をつかんだのだ。
殺意が失せたわけではない。
死を前にしたアンの表情に
――笑っている!?
サーシャだったものを殺めたときのように、アンは涙を浮かべて笑っていた。あまりにも似ているその表情がハクロの殺意を
まさか憎悪の対象に向けることになろうとは夢にも思わなかったが、それでもハクロは訊かずにいられなかった。
「なにがそんなに
「可笑しくなどありません。嬉しいのです」
「嬉しいだと?」
「はい。私は、ハクロ様と再会できることをずっと心より待ち望んでいました」
アンは手をのばし、ハクロの髪に触れた。とてもやわらかく、そしてやさしく。小さくとも
ハクロにとって、それはあまりにも不可解で
「やめろ、俺に触るな!」
「近づくな。俺は貴様を殺そうとしているんだぞ!」
「ぜひそうしてください。どうぞこの首を
アンは診察台からおり、ハクロの前で
「貴様は死を恐れないのか?」
「それだけの罪を犯しました」
「貴様の罪とはなんだ?」
「貴方様に忌み子の
「なにを持って俺が俺であると証明すればいい?」
「忌み名を知っているだけでも充分ですが……もしや
「これのことか?」
ハクロは
サーシャが持っていたものだ。それを渡すとアンは
「どうやら本物のようですね。これをどこで?」
「墓場で、ある女から
「その女――首に入墨がありませんでしたか?」
「あったと思う」
「名前もその者から聞いたのですね?」
「そうだ」
「その女はいま、どこに?」
「分からない。すぐにどこかへ行ってしまった」
ハクロはとっさに嘘を
サーシャと
幸いというべきか、アンは眼が見えない。サーシャも
「それで、そのロザリオが俺とどう関係してくるんだ?」
「これはハクロ様の母君が、生まれてくる貴方様を過酷な運命から護るために、女神の加護を求めて作らせたものなのです」
そう云ってアンはロザリオを返す。
「俺に母がいるのか?」
「もちろんです。貴方様は土から創られた泥人形でも、魔界から
その
アンの言葉が真実である保証はどこにもない。だが、名前を呼ばれ、人として認識されたのはサーシャに続いて二人目となる。数が増えたからといって
「それでも俺は忌み子なのだろう? 間違いなく貴様がその烙印を押したのだな?」
たとえ人の子であっても、そのレッテルが
名づけ親ともいえる産婆は膝を折り、地に頭をつけるように深く
「
「顔をあげてくれ、すんだことは仕方がない」
「では……お
「ない。もう殺す気は失せた。すべて赦そう」
「そうですか……」
アンは胸を撫で下ろし、息を吐いた。
緊張が解け、表情には
「代わりに教えてくれ。俺にはなにか忌み子と知れる特徴があったのか? 正直、これといった自覚がないのだが」
「ええ。ハクロ様ご自身に特異な点はなかったはずです」
「ではどうやって判断したんだ?」
「ハクロ様には
「かまわない。教えてくれ」
続きを促すためにハクロは首肯した。
しかしそれでもなお、アンは云い難そうに
いったいなにを隠しているのだろう。自覚はなくとも、よほど重大な
ハクロは辛抱強く待った。
そして、長い沈黙が続いたのち――
アンは視線を逸らせたまま、一言だけ呟いた。
「……眼です」
「眼? 俺の眼になにか
「いいえ。ハクロ様ではありません。それは、貴方様を見た者に発動するよう仕組まれた、
「呪いだと?」
「呪文と云うべきでしょうか。生まれた貴方様を眼にしたとたん、
「まさか、それで貴様の眼は――?」
ハクロはアンに近寄り、その
白い眼球には真っ黒に
反転した己の姿がどろりと溶ける。
黒い、黒い影が姿を現し、ハクロを見て嗤った。
無知な死神を見て
そして産婆は――とどめを刺すように残酷な真実を告げる。
「お察しのとおり、私が視力を失ったのは、貴方様を取り上げたときに視線を合わせたためなのです」
「嗚呼、なんということだッ。それでは……俺が貴様の眼を潰したというのか!?」
ハクロは取り乱して声をあげた。
「落ち着いてください。ハクロ様に責任はありません。すべては忌まわしい呪いが
「だがその
誰だって眼を
「俺は――いったい何人の視力を奪ったんだ?」
「当時、術師や
「そんなに? たかがひとりの出産のために何故それだけの人が集まっていたんだ?」
「ハクロ様の
「そこまでして護ろうとした俺の母とはいったい何者なんだ?」
「母君は、この地を治める領主の
「俺は領主の
領主とは、その地を治める最高権力者のことだ。
その妻の子となれば、次期領主ということになる。
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