第12話 死神の初恋⑨
下山して最初に向かったのは墓場だった。
戻ってみると墓場はずいぶん様変わりしていた。
人の気配がしない。あれほど群がっていた戦士たちはみんな帰ったようだ。死神が
獣の鳴き声がやけに遠くからこだまする。潜める場所が減ったからだろう、姿を確認することはできなかった。留守の間に墓穴は
死者を
醜くて、歪んでいて、恐ろしいから。
見たくないものを視なくてすむように。
無いものは無いとしたのだろう。
間違ってはいないが、正しいとも思えない。
しばらくすると覚えのある
そこでローブを発見した。
サーシャだったものも在る。
やわからな土に触れているとそのまま寝そべって
しばらく両手を合わせていると後ろから声がした。
サーシャが眼を覚ましたようだ。
「此処へ来るのは何年ぶりかしら?」
「起きたのか。躰の具合はどうだ?」
「悪くないわ。貴方が祈ってくれたおかげかしら」
「サーシャのためじゃない。そこに魂など存在しないことは充分に承知している」
「私は此処にいるものね。眼の前に在るのは、リン酸カルシウムを主成分とした
「それでも拝まずにはいられなかった。これは俺自身の問題だ」
「良い心がけだわ」
「今でもすまないと思っている」
「けれど立ち止まっている暇はないんじゃない?」
「そのとおりだ。これからさらに
「好きにしなさい。そこに横たわっているものはもう、私ではない。いくら暴かれようと恥ずべきことなんてないわ」
当事者だというのに、相変わらずサーシャは過去に関心を示さない。
許可を得たところでハクロは、すぐさま骸を掘り返しにかかった。
ローブはもちろん、骨も残らず取り出していく。ところどころ
その様子を見つめながらサーシャが訊いた。
「こんなものでなにか判るの? 死者はなにも語らないわよ?」
「サーシャに云われても説得力がないけれど」
「他人から見れば今の私は生きているのか死んでいるのか判らない状態だものね。だけど確実に一歩ずつ死へ近づいているのかしら?」
「なんだか生きいきしているようにも見えるけれど」
「私、謎解きって大好きなの」
「それは知らなかったな。ぜひとも知恵を
サーシャは口許に指をあて、沈黙した。
私はなにも教えない。自分で考えなさいということだ。
「まあいいさ。語らなくともメッセージは残す」
「それってダイイングメッセージのこと?」
「そんなはっきりとしたメッセージが残っていたらあのとき気づいただろうけど……過去の記録を残す方法は文字だけにかぎらない。絵や図、記号などであれば誰でも思いつくだろうし、高度な術師であれば音やにおい、動く映像まで記録できる者がいるらしいじゃないか。これはサーシャが教えてくれたことだろう」
「そうだったかしら?」
自身の屍体でさえ教材にしようというのか、ハクロがどう回答するか試しているみたいだった。病にうなされているよりは笑っていてくれたほうが好ましいが……ハクロは復習がてらに説明する。
「手術や虫歯の治療痕があれば、そこから手掛かりが得られるかもしれない。儀式的な
「それで、なにか発見はあったかしら?」
「いや、特にこれといったものは……」
並べてみて特徴的だった部位は砕けた胸骨だけである。だが、穴を
他に見落としはないかと辺り一帯を調べてみたが、結局、新しい情報はひとつも得ることができなかった。
ハクロは掘り返した
さらに土を盛り、上から
「それは、何の枝?」サーシャは不思議そうに小首を傾げた。
「桜だ。山から下りる途中で採っておいた」
「そんなもの植えてどうするの? なにかのおまじない?」
「深い意味なんてない。たんなる目印みたいなものさ」
「私に墓標なんて必要ないわ」
「此処は俺たちの物語が交差した地点なんだ。すべてが片づいたらまた戻ってくることもあるだろう」
「過去を懐かしむにはまだ早過ぎるわよ。ほんとうに、人間ってどうしてこうも過去に
「人間は物語を必要としているんだろう? それは過去に
だからときどき掘り返したくなる。
振り返って確かめたくなる。
もう二度と再現しないと解っていてもだ。
「だけど、こんなに暗くて湿った場所じゃきっと育たないわ。
「土は
「だといいけど……桜と死体の組み合わせってありがちよね」
「よく知らないけど……。さあ、もう行こう」
「次はどこへ向かうの?」
「なるべく人の多いところがいい」
「であれば、ここから南へ下ったところに大きな街があるわ。この地域一帯を治める
「言葉は通じるだろうか?」
「今のハクロなら大丈夫。ようやく人前に出る決心がついたのね」
「あまり気が進まないけれど……医者を探そうと思うんだ」
「まあ、
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