01-11

 その日の放課後。嘉寿は、教室で友達四人とだべっていた。意識はしていなかったが、時間が思ったより経過していたいたようで教室の窓からはぽかぽかとした朱い陽の光が差し込んでいる。

 机の天板や白い壁は言うに及ばず、掲示板と掲示板に貼られた掲示物、黒板までもが朱く染めあげられていた。

 それを見たみんなが帰るかと口をそろえて言い出した。

こんなとき、郷愁に浸るものなのだろうが、元気な男子の嘉寿は腹へったーと思っていた。

 のんきに友達と廊下へと出る。玄関まで行くと、宿題の話になった。

「はあ、なんで鬼佐々木はあんなに宿題出すんだろうな。ほぼ毎回だろ。あいつ絶対サドだよな」

 いつも宿題に四苦八苦している友人が悲嘆に満ちた声色でうんざりとしていた。

「ばっか。声でけえよ」

 佐々木と呼び捨てを聞かれるのもまずいし、鬼佐々木などと呼んでいることを聞かれるのも具合が悪い。

「でもよ、今回はプリントだけだから、週末でできんじゃね?」

 毎回嘉寿に宿題を写させてもらってるやつが言うセリフじゃない。

「宿題あることには変わりないけどな。おまえは結局やらなそうだし」

 まさに正論。嘉寿も同じことを思った。

「やるよ。やるときにはやる男って言われてきたんだぞ!」

「じゃあ、来週は、オレに見せてって言うなよ?」

 楽しそうに笑顔を見せながら言った。

「お、おうよ。見てろよ、俺の本気」

 そこで、ふと気になってファイルを漁ってみた。やっぱりプリントが入っていない。

「わり。忘れ物した。先に帰っててくれ」

「オーケー。じゃあ、いつものワックにいるから」

「りょーかい」

 みんなが玄関を出るのを見届ける前に、きびすを返して今きた道を戻る。少し小走りで。もう校舎の中には人はほとんど残っていないだろう。そんな気持ちが嘉寿の警戒心を緩ませていた。

 角で人とぶつかるとか考えずに、インベタで回ろうとしたときだった。

 人とぶつかる。そして、痛みより冷たさを感じた。見れば裕哉だった。横にはバケツ。

 水をかけられた。そんなことに気づくまでに一拍あった。

「あいたー。あんた、なにしてんの……や?」

 しりもちをついた裕哉は、相手を確認しながら言った。

「冷てー」

 びしょびしょになった嘉寿。

「カズやないか。廊下は右側通行やろ?」

「あん? なんだ、ゆうか」

 ぶつかった相手が顔見知りで良かったと思ったのはつかの間。自分の状態を認識する。

 上着は完全にびしょぬれ。冷たさを感じることからるみシャツにまで被害が及んでいるのがわかった。

「大丈夫なん?」

「まあ、大丈夫っつったら大丈夫だけど……」

 歯切れが悪い。当然だ。あまり大丈夫じゃないが、よけいなことを言って趣味がばれるのはまずい。 

「上着かわかさんとあかんちゃう? まだ外は涼しいで」

 そうなのだ、うだるような暑さの日があると思えば、雪でも降るんじゃないのかとい寒い日になったり、最近の異常気象の影響をもろに受けているのだ。

 今日は、わりと涼しい日だった。さすがに濡れたままで帰ると風邪をひきそうだった。

「いいよ、大丈夫だって。ジャージあるからそれで……」

「ええから脱ぎい!」

 裕哉は強引に学生服に手をかける。それを断固拒否する嘉寿は、その手を振り払った。

「鋼鉄の制服も大概にしとけ? な? 悪いようにはせんから脱ぎい」

「いい!」

 そう叫ぶようにして言い放って嘉寿は教室へ行くのも忘れて玄関に向かって走り出した。

 そして、寒風吹きすさぶ中、帰路についた。

 しっかり友達に用事ができたというメールは忘れずに送った。

 くしゃみをしながら、家路を急いだ。

 プリントを取り忘れたことに家についてから気がついた。短く毒づくが、今はシャワーでも浴びる方が先決だ。そう思って、家の鍵を開けた。

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