第28話 全てを知ったカールグスタフ

 彼は、言葉を発さなかった。

 ただただ黙り続け、ユリエをジッと見続けた。


「エリちゃんの家系をくまなく調べたけれど、この子には血の繋がったお兄さんなんていない。従兄弟とかそう言った親戚も居なかった」

「……」

「貴方は、水瀬エリちゃんのお兄さんって言ったわよね? それは本当なの? それとも嘘? だとしたら貴方は誰なの? 貴方の正体は誰なの?」

「……」

「お願い、これだけはすぐに答えて! 聞いてほしくないことなのかもしれないけれど、そうしないと私達は……貴方のことを……」


 今にも泣いてしまうのではないかと思う程、ユリエは悲痛な表情を浮かべていた。


「もう止めようぜ。ミス・ユリエ」


 話を切ったのはデーブであった。彼は机の上に肘を突きながらだらしない姿勢でいる。


「アンタは子供に甘すぎるんだよ。コイツが答えないっていうのがつまり答えじゃねぇか」

「でも……まだ違う可能性が……」

「あああああ!! めんどくせえ! いいよ! 俺様がその可能性を潰していってやるよ!」


 そう言うと、デーブが画面の前に躍り出てくる。


「ジャップボーイ。お前が本人ファースト……いや、水瀬エリの兄妹じゃねえことはこちらの調べで確定したんだ。なら、お前は何者なのかを俺様達は調べる必要があった。その過程で一つの有力な可能性は浮かんだ」


 画面を映すカメラを持ったデーブは、手錠を付けられたナオミを映す。彼女はそれに気づき、無言でデーブを鋭く睨みつけていた。


「ゴシックガール……川崎ナオミの証言から、お前は関口ショウという幼い頃に水瀬エリと仲の良かったボーイではないかという証言を得られた。もしかしたらソイツが、お前として本人ファーストの夢に入ってきた部外者サードではないかと思ったんだ。さっそく俺様達は関口ショウを探して見つけてきたよ……」


 やれやれといった様子で、デーブは首を横に振る。


「結果はノーだ。関口ショウは、水瀬エリの夢のことを知らなかった。事実は本人に伏せて話したが、上野公園連続通り魔事件で水瀬エリがこんな状況になっていることなんて知る由もないただの一般ピープルだったよ。水瀬エリファーストの夢の中で大活躍をしていた水瀬ショウの存在すらな!」


 デーブの声音はドンドン強くなっていく。


「水瀬ショウなんて実在しない。関口ショウの部外者サードでもない……じゃあ、お前は誰だ?」

「……」

「答えられないのは分からないからか? それとも分かってて黙っているのか?」

「……」

「そうかいそうかい。じゃあ、俺様が答えてやるよ! 今までの調べから消去法で導き出された結果をな!」


 デーブは彼を睨みつけ言い放った。



「お前は、夢物質セカンドなんだよ! 水瀬エリの夢から作り出された。夢の中だけに居る幻影なんだよ!」



 画面の向こう側も夢の世界も、シーンと静まりかえる。皆が皆押し黙り、息詰まりそうな空気が覆い尽くしていた。

 そんな中でも、デーブは話を続ける。


「南方が消えた。だが、本人ファーストは目覚めない。正直、俺様達はもうお手上げだ。何をどうすれば水瀬エリが起きるのか分からない。そこで、ジャップボーイのお前に対して俺様達から二つの案を提示する」

「二つの……案?」


 ようやく口を開いた彼に対し、デーブは特別な反応することなく淡々と続けた。


「まず一つだ。お前が夢物質セカンドであるとするなら、水瀬エリが起きない原因がジャップボーイにあると俺様達は考えるほかない。今回の南方の件、夢物質セカンド本人ファーストの精神を汚染したことを考えると夢物質セカンドであるお前を消すのが一番手っ取り早い」

「……僕を殺すんですか?」


 その返答に、デーブはニヤリと口元を歪める。


「もう1つの案があるそれが二つ目になる。一つ目の方法はとてもリスキーだ。お前を殺して本当に水瀬エリが起きる確証はないし、悪影響が起きることだって考えられる。ハイリスク・ローリターンと言っても過言ではないな」

「じゃあ……どうするんですか?」


 デーブは目を閉じ、口元はニヤケ続けていた。


「水瀬エリを起こすことを保留する」

「え……」

「水瀬エリが作り出した世界はとても興味深い。今までに無い程の研究対象だ。お前という強力な味方もいる訳だし、今後の夢に対する科学の発展は飛躍的に進歩することは間違いないだろうな。ウサテレの技術がより進化すれば、その内家族で夢の中へ旅行するなんてツアーも出来るんじゃねぇのか? そうしたら俺様達は大金持ち! 地位も名誉も!」

「ちょ、ちょっと待って下さい!? エリちゃんは……エリちゃんはどうなるんですか?」

「大丈夫だよ。ちゃんと点滴は付けといてやるから死にはしねぇよ」

「そうじゃありません! 保留するってことは、エリちゃんが寝たきりのまんまってことじゃないですか!」


 戸惑う彼を今度はユリエが宥めに入る。


「違うのよ! 落ち着いて! ブラウンの言い方はあんまりだったけれど、私達は別にエリちゃんの回復を諦めるって訳ではないのよ。エリちゃんの夢から得たデータから、彼女を目覚めさせる可能性が見つかるかもしれない」

「それは、どれぐらいでエリちゃんを目覚めさせることが出来る話ですか?」

「……いつかは言い切れないわ。一ヶ月後かもしれないし、半年かもしれないし……一年後……五年後……」

「それって! いつ目覚めるかも分からないし! もしかしたら起きないかもしれないってことかもしれないじゃないですか!」

「……そういうことよ」


 ユリエは目を一度伏せるが、再び彼を真っ直ぐ見つめた。


「ただ……もしも、もしもだけど……エリちゃん自身が目を覚ますことを望んでいなかったとしたら」

「目覚めることを……望んでいない?」


 彼女は話を続ける。


「夢の中のエリちゃんはどうだった。大変な場面や辛い場面もあったかもしれないけれど……きっと、上野公園連続通り魔事件直後よりも、夢の中の本人ファーストは元気だったのではと思う」

「……何が言いたいのですか?」

「君と私達は、よく現実世界の話をしていたでしょ? 話せば話すほど話が噛み合わなくなっていった」

「はい……そうでしたね」

「たぶん、貴方が見ていた現実は……彼女が本当に望んだ現実なのではないかしら……と、私達は仮説を立てていたのよ」

「望んだ現実・・・・・・」

「ええ、夏休みだって言っていたわよね? そこで普通に暮らしているって。普通と言うことは、死んだはずのお父さんとお母さんが居たってことでいいのかしら? 自分の住む家で普通に生活していたってことで」


 ユリエは思い出すように彼から聞いた話を紡いでいく。


「貴方の言っていた現実は、エリちゃんの深層心理ではないかと思っているわ」

「深層心理って……人の心の更に奥……無意識っていうことですよね」

「そういうこと、多くの心理学者の議論の的ね。私達が使っているウサテレですら未だに、人の深層心理に踏み込んだことがないからどういうものなのかなんて具体的には分かっていないけど……」


 ユリエは、一度溜め息を漏らす。


「私達は、貴方の言う現実を見たことがない。私達が現実世界で調べても貴方の言う世界はなかった。つまり、私達からしてみれば、貴方の見てきた現実はエリちゃんの深層心理の世界。無意識状に作られた本当に居たい世界なのではないのかしら」

「エリちゃんが本当に居たい世界……」

「そう……そう考えるなら、両親が死んでしまったこの世界へ目覚めさせるよりも、ずっと皆が一緒にいる世界にいた方が彼女にとって……本当の幸せだと思わない?」

「エリちゃんの……本当の幸せ……」

「人を……人類の発展を願う科学者の一端として……私は最低なことを言っているのは重々承知しているわ。でも、これは今後の人類に対して、エリちゃんに対して、そして貴方に対しても最善の案だと思うの」

「僕に……とっても?」

「ええ……エリちゃんを目覚めさせる為には、どちらにしろ……夢物質セカンドである貴方は消えることになる。だけど、彼女が眠り続けている以上君は消えたりしない。もちろん、現実世界のエリちゃんのことは私達に任せてほしい。とても手厚く保護する。彼女が死ぬまで絶対にね」

「……」

「こんなことを選んでほしいなんて……夢物質セカンドである……いいえ、中学生の精神である貴方に選ばせようとするなんて無責任にも程があると、私達も分かっているわ。それでも一番エリちゃんのことを知り、一番彼女のことを心配し、彼女の本当の幸せを分かってあげられるのは……貴方しかいないのよ」

「本当の……エリちゃんの幸せ……」


 そこまでユリエが話した所で、デーブが再び画面の前を陣取る。


「そういうことだ! それじゃあ、ジャップボーイ! 選択の時間だ!」


 鼻息を荒らげ、デーブはふんぞり返る。


「エリが起きる可能性にかけて、俺様達に破壊デストロイされるか。水瀬エリを起こさず、最愛の妹と夢の中で仲良く暮らすか」


 デーブは指をさした。


「さあ、選べ!」


 彼に言葉を叩きつけた。

 本当の世界であるエリは上野公園通り魔事件以降、ずっと眠りについていた。

 南方を倒し、彼女の心や夢の中は汚染するものはなくなったはず。

 しかし、彼女は目覚めなかった。

 それは何故なのか。

 彼女が生み出した自身のことを実の兄だと思っている、夢の中の少年のせいなのか。

 それとも両親が死んだことを悟り、現実を直視出来ないからなのだろうか。

 少年は暗い思考の渦にゆっくりと沈んでいく。


「僕は……」


 何が正解で、何が自分に出来る最善で、どうすればエリにとって、掛け替えのない妹の幸せなのか……

 彼は暗い暗い闇の深みにはまっていった。



"私は……この世にいらないんだ"



 ……真っ黒な思考の中で、しまってあったはずの記憶の中から妹の声がほんの一瞬だけ、彼の中で弾けた。


「僕が……」


 少年は押しつぶされそうな程の真実の重圧を堪え、自分を問う。

 自分は、何者であるのか。

 そして、何をしたいのか。

 そして――

 何を信じたいのかを



「僕が、エリちゃんを起こしに行きます」

「はぁ? どういう意味だ? ジャップボーイ」

「この扉の先が、いわゆるエリちゃんの深層心理の世界……この先に今エリちゃんが居るんですよね?」

「おいおい……まさかお前……」

「僕が直接会って話してきます。早く目を覚ますように説得してきます」


 彼の言葉を聞き、一瞬静寂皆が流れる。そして、デーブの笑い声が響いた。


「アッハッハッハー! 面白いジョークだぜ! ただのちょっと意識がハッキリした夢物質セカンドの癖に、何が出来るんだよ! どうせそんなこと言って逃げるつもりなんだろ?」

「逃げたりしません! 僕は、彼女を起こしに行きます! 彼女の将来を一生寝て過ごさせる訳にはいきません。起きて、本当の幸せを手に入れてほしいんです!」

「そんなこと、俺様達が許す訳ないだろ?」


 デーブがそう言うとウサテレは姿勢を低くし、戦闘態勢に移る。それを見た少年も、いつでも動けるように構えた。


「ミス・ユリエは優しく言っているけどな。お前の言うことを全て信じる訳にはいかないんだよ。ただの夢の中の存在であるお前の発言に毛ほども信頼性なんてないんだ」

「そんな……」

「お前のその発言は、消え去れる意志があると判断するぞ。訂正するなら今のうちだ」

「……分かりました」


 彼は息を整え、右手に[剣心]の文字を浮かび上がらせる。


「貴方達を倒してから、僕はエリちゃんを起こしに行きます。邪魔はさせません。絶対に!」


 少年の言葉に、デーブは今まで異常にニヤケ顔を見せつけてくる。


「いいね~、これは久々に戦いがいありそうな敵だ」


 ウサテレは一度大きく狼のような遠吠えを吠えた。


「いくぜジャップボーイ! 最終対決だ! うおおおおおおおおおおおお!!」


 デーブが雄叫びを上げたその時、突然ウサテレの画面は消える。そしてそのままウサテレは電池が切れたように横へ倒れた。





「……へ?」


 いきなりのアクシデントに目を丸くする少年。

 するとすぐさま、ウサテレの画面が映し出され、即座に立ち上がった。


「おー、悪いなジャップボーイ。今、録画録音機能を強制停止させたんだ。これでお偉いさん方はこの会話に関与出来なくなったぜ」


 映像の先には笑顔のデーブがいた。

 そして――


「ショウ! 無事か! 無事なのか!」

「関口くん無事なの! 何か変なことされなかった?されてたら、私が全員呪い殺すからね。フフフフフフフフフフフフ」

「ほら、ショーンの兄貴映ってるじゃん! 無事みたいだし落ち着けよ姉ちゃん達」


 手錠を外されたモエカにナオミ、そしてカイトの姿。


「オラァ! テメェ! 俺達に何したか分かってんのかゴラァ!」


 画面の端で、黒服の男につかみかかるコウタロウの姿があった。そして、申し訳なさそうな顔をするユリエの姿もそこにある。


「皆ごめんなさい。ちょっと一芝居打たせてもらったの……もちろん本当に危害を加えるつもりはなくて・……」


 ユリエの言葉にモエカは抗議する。


「ユリエさん! ちゃんと事前にこういうことをすると教えて下さい! 本当にどうなることかと!」


 少年達から大ブーイングをくらう大人達。その姿を呆然と眺める少年に、ユリエが話しかける。


「ごめんなさい。上の方に報告する分の映像は撮れたし、それとどうしても貴方の本心を聞きたかったの」

「僕の本心?」


 ユリエは頷く。


「人類の今後も大事だけれど、目の前で苦しむ子供を私達は見捨てたくない。っというのが私達の本当の本当に本心よ。そして、今言った貴方が言ったことと同じことを考えていたわ」

「ユリエさん……」

「ごめんね水瀬君。エリちゃんを救う為にはどうしても貴方の力が必要で、その上で貴方の本心を聞きたかったの。でも、君なら大丈夫みたいね」

「あ、あの……嬉しいんですけど、本当に信用してくれるんですか? だって僕は、夢物質セカンドで……」


 戸惑う彼に、ユリエは微笑む。


「ここに居る皆、ずっと貴方のことを見てきたのよ。エリちゃんの為にずっと頑張って来たじゃない。たとえ貴方が夢の中だけに出てくる幻影だったとしても、貴方ほど信頼における人もいないわ」


 その笑顔は、とても優しかった。

 そうすると、画面の向こうにいる仲間達も応援してくる。


「ショウ! その……辛い事実で戸惑っているかもしれないけれど、それでも忘れないでくれ。私とお前は共に戦ったパートナーだ! エリの任せたぞ!」

「モエカさん……」

「ショーンの兄貴! 今度は俺のチート魔法で助けに行けないけど、兄貴だったら大丈夫だな! 水瀬のこと頼んだぜ!」

「カイト君……」

「……エリちゃんを救えるのはアナタだけよ。私にとっても大切な妹であり友達だから……お願い助けてあげて……関口……いいえ、水瀬くん」

「……ナオちゃん」

「水瀬、いいか? 気張って行けよ。ここが正念場だ。俺達はもう助けてやることは出来ねぇけど、コイツの兄貴って言うんだったら何が何でも救い出せ!」

「コウタロウさん……」


 ようやく、暗闇にいた少年は気づいた。

 自分は決して一人ではなかったということを――


「ジャップボーイ、手を出しな」


 デーブが言うとウサテレが両耳を伸ばし、耳を少年の右手に軽く刺した。


「うわっ!? な、なんですか?」

「お前が深層心理に行くと言った時用に用意しておいた最終兵器だ。ちょっと性質は違うが俺様達ドリーム・コネクターズからの最後の力ってところだ。圧縮データだから解凍に少しばかり時間が掛かるがな」


 右手に巻かれた黒い包帯を見ると、いつも文字が浮かび上がる所に[3%]という数字が書かれていた。


「ったく、これで失敗したら本当に許さねぇからな。上には機械の不具合でジャップボーイを取り逃がしたって報告するんだぞ? 後で俺様達は、クソだるい始末書と戦うハメになったんだ。それなりの功績を挙げてきてくれよ」

「ブラウンさん……」

「ほら、良いから早く行ってこい。夢の中で迷子になってるアリスが待ってるだろ」


 デーブは親指グッと立てた。


「皆……みんな!」


 少年の目には、決意が溢れていた。


「みんな! 本当に……本当にありがとう! 行ってきます!」


 そして、光の扉へと彼は走って行った。



・・・・・・


・・・


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