現実パート

第16話 朝の日差しサマーデイズ

「……」


 窓から暑い朝日が垂れ込み、外からはギロを引いたような蝉の鳴き声が響いていた。

 ショウは急いで着替えつつ、タブレットを開いてカレンダーを見てみる。


「8月17日……」


 やはり、夢の中でユリエが言っていた日付よりかなりズレていた。着替え終えたショウは、急いでリビングへと向かう。



 リビングの扉を開くと、ぼーっとテレビに映るニュースを座って眺めているパジャマ姿のエリと、台所では握り飯を作っている私服にエプロン姿の母がいた。


「あら? ショウおはよう。珍しく早く起きたじゃない? しかもちゃんと着替えてきて、そんなに今日の上野公園が楽しみだったの? いつもこれぐらいちゃんと起きてくれたら良いのに」

「おはよう母さん……ちょっと調べたいことがあって早く起きたんだ。とりあえず、メイド姿じゃなくて良かった……」

「ん? 何か言った?」

「あー、いやいや! 何でもない!」


 慌てて手を振るショウ。気を取り直して、母に尋ねてみる。


「あのさ母さん、今日って何月何日?」

「え? 何よ急に?」

「ちょっと、ド忘れしちゃったんだ」


 彼の質問にえーっとと少し間をおきつつ、


「8月17日よ。もしかしてショウ、アンタ夏休みボケしてるの? ダメよ、夏休みだからってぐうたらと! ちゃんと勉強して、そして夜更かししないこと! 良いわね!」

「……分かったよ」


 まったくと言いながらまた作業に戻る母を後にし、次はエリに近づく。


「おはようエリちゃん」

「……うん」


 どことなく元気がないエリに、ショウは話を続ける。


「今日も夢をみたんだ。今度は君の友達が出てきたんだ」

「……へー」

「エリちゃんは夢見なかった? 何かゲームみたいな夢だったよ」

「……見てない」


 彼に見向きもしないエリへ更に続ける。


「それじゃあ、名前は一条カイト君って言うんだ。知ってるかい?」

「……」

「君のこと、凄く大切に思ってる良い子だった。それでその子が言ってたんだけど、エリちゃん……最近学校に来てないって言ったんだ」

「……」

「しかも凄く変なことを言ってたよ。今は1月23日で、冬休みがもうすでに終わってるって……半年経ってもエリちゃんが来ないから心配だって……」


 エリはそれでも答えない。だが、顔を俯かせ表情を見られないようにしているように思えた。

 ショウは問い続けた。


「何か……心当たりない? エリちゃん」

「……知らない」

「……」


 俯き続けるエリに、ショウは近づいた。


「本当に……本当に知らないのかい? エリ……」


 ショウがしゃがみ込み、エリの顔を覗き込もうとした時だった。


「私のせいで……死んだんでしょ……」

「え」


 エリが唐突に話し出した。鼻を啜りながら声は震え、水滴が少しばかり床に落ちた。


「夢の中で……私を助ける為に、モエカさんも、カイト君も死んだんでしょ」

「い、いや! モエカさんは昨日の夜に会ったし、死んでないってユリエさんが……っというかエリちゃん。やっぱり君、何か知って……」

「また私が! 二人を不幸にしたんだ!」


 今度は突然顔を上げるエリ。そして、彼女の顔は涙でグチャグチャに濡れていた。


「エ、エリちゃん……」

「私の夢の中に入ってきて、二人とも苦しんで……二人とも私のせいで……」

「落ち着いてエリちゃん! 大丈夫、モエカさんもカイト君もきっと無事だから……とにかく落ち着いて!」

「これから……お父さんも母さんも上野公園で……」

「え、え? 父さんと母さん?」


 不意にエリが訳の分からないことを口走った。その途端――


「ッ!?」


 ハッと何かに気づいたように、エリは硬直する。目を見開き小刻みに彼女は震えていた。


「え、エリちゃん?」

「アンタ達どうしたの? また喧嘩?」


 母も異変に気づき、エプロンで手を拭きながら近づいて来た。

 しかし、その時だった。


「もう!! 誰とも関わりたくない!!」


 エリは大きな声を上げ、走ってリビングから廊下へと飛び出していく。


「エリちゃん!?」


 止めようと手を伸ばすが、彼女の動きは機敏でスルリと抜けていってしまう。


「ふあ~おはよ~……おう!? なんだなんだ?」


 廊下から大あくびで登場した父を彼女は押し退けて行き、そのまま階段を駆け上がっていく音が響いてきた。呆気に取られる家族一同だが、ショウは我に返り急いで階段を上っていく。



 階段を上がり、彼女の部屋の前にたどり着いたショウ。とりあえず、ノックを試みる。


「エリちゃん?」


 反応はなかった。次にゆっくりとドアノブに手をかけ、ドアを開いてみる。


「……あれ?」


 開けようと試みるがドアが開かない。思い切り開こうと試みるがびくともしなかった。


「な、何でこんなにドアが開かないんだ?」

「どうしたんだショウ? エリと喧嘩でもしたのか?」


 すると、階段を上ってきた父がショウの元へと寄ってきた。


「いや、喧嘩って訳じゃ……」

「うーむ……まあ、お前は喧嘩をふっかける質ではないから、しつこく何かエリに問いただしたんだろ?」

「いや……まあ、あってるかも」


 そう言うと、父は彼の頭を小突く。


「まったくお前という奴は……探求心っていうのは大事だが、もっと慎重さってものを学ぶべきだ。例えば乙女心とかな!」


 真面目に言っているのかどうかは分からないが、父は溜め息を吐く。


「とにかく、ここは父さんに任せなさい。ショウは朝食を取って出かける準備をしなさい」

「……はい」


 何も言い返せないショウは、素直にリビングへと戻ることにした。





「ちょ、ちょっとショウ! アンタ何処に行くの!?」


 驚く母を後目に、ショウは玄関で靴を履き外へ出かけようとしていた。目的地は上野公園ではない。


「ちょっとジョギングに行ってくる」

「ジョギングって……アンタこれから上野公園に行くのよ? 後40分ぐらいで出発する予定で……」

「大丈夫、本当にちょっとだけだから……それじゃあ行ってきます!」

「ショウ!」


 母の制止を振り切り、ショウは出かけていった。



 向かう先は、近所の公園の先にある小学校だった。エリが通う小学校であり4年前にはショウも通っていた学校だ。

 歩いて10分程の場所なので、走ればもっと早くたどり着く。

 夢の中のカイトの発言が気になり向かっていたのだ。彼の証言はもうすでに時期が1月となっており学校が始まっているということだった。月日がかなり開いているが、彼のことが非常に気になった。夏休みの学校にカイトが居る可能性は非常に低いが様子を見てみたい気持ちでいっぱいだった。

 もし会えたとしても、彼もまたモエカの時同様ショウのことを覚えていないかもしれい。だが、覚えているかもしれない。そんな甘い期待を持ちながらショウは走った。



♠♠



 20分程経ち、トボトボと帰宅するショウの姿があった。


「……誰もいなかった」


 彼は溜め息を漏らす。

 小学校に着いた彼は、校庭をのぞき込んでみたが誰もいなかったのだ。教室も遠目から目を凝らして見ても誰一人いない。

 プール側を覗き込んでもみたが、誰一人として生徒も教職員も居なかった。間違いなく今は夏休みの早朝なんだと自覚が持てた。


「もう、いったいなんなんだ!」


 ショウは頭を掲げながら、その怒りを転がっていた石にぶつけた。

 現実と噛み合わない臨場感のある夢。所詮夢なのだと割り切ってしまえば良いのだと頭の中では分かっていた。だけど気になってしまう。このままではいけないのだと、彼は思ってしまうのだ。

 それはエリの存在があったからだ。彼女の先ほどの反応……何か知っているに違いないと、彼の第六感なるものが囁いてくる。


「はぁ……いったいどうすれば……」


 彼がまた石を蹴飛ばそうとした時だった。ふと、彼の視界に何かが写ったのだ。

 視線を元に戻すと公園がそこにある。この公園は、よくエリと遊んでいた公園だった。ここでよく三人で……


「三人で……」


 そう、三人で遊んでいたのだ。

 ショウとエリと……あと、ゴシックワンピースを着た少女と……

 視線の先に写り込んだのは、公園の中に居た黒い日傘を差したゴシックな服装に身を包んだ少女がベンチに腰掛けていたのであった。

 傘で顔がよく見えないが、その外見に今までにない程の既視感が迫ってくる。



 公園の中――

 少年は、ツインテールの少女(水瀬エリ)とゴシックワンピースを着た少女の三人で遊んでいた。花火で遊んでいた最中……



「ッ!?」


 ショウは気づいた時には、彼女の目の前に立っていた。呼吸が自然と荒くなる。鼓動も耳まで伝わってくる。何故自分がこの子の前に立っていたのか覚えていない。

 だが、それを考えるまもなく、口が勝手に動いてしまう。


「君は……もしかして……」


 彼女の名前を言おうとした。それに反応したように彼女はゆっくりと傘を退かし、顔を覗かせる。



・・・・・・


・・・


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