第15話 気高き英雄最後のフラッシュバン

 牢屋を下ろし、ショーンの[剛腕]の力で檻を壊した。

 エリザベーヌを檻から出すなり、彼女はショーンへと抱きつく。


「怖かったよ、お兄……じゃなくてお兄様」

「い、いや、エリちゃん……そんな無理しないで、もう終わったんだからいつも通りの呼び方で良いんじゃないかな?」

「無理してない! 後、エリちゃんって呼ばないで!」


 そんなことを言っていると、横からカイトが口を挟んでくる。


「何だ水瀬、お前元気じゃん。せっかく心配して迎えに来てやったのによ」

「だ・か・ら! 私は水瀬じゃなくて! 王女エリザベーヌ・ミナセ・ベアトリーチェって言ってるでしょ!」


 ムキになるエリザベーヌに、カイトはやれやれと溜め息を吐く。


「お前さ……大人ぶってる癖に変なところ幼稚だから、クラスの奴らにウザがられてるんだろ? そんなじゃ友達出来ねぇぞ!」

「う、うるさい! 私は幼稚じゃない!」

「目に包帯巻いてても分かるぞ~、ちょっとからかっただけですぐ涙目になるだろ?」

「カイトくん、やっぱり殺す! 絶対殺す!!」

「いててて!? ふざけんな! やめろ! 離させよ!」


 いつの間にやら二人は取っ組み合いの喧嘩をし始める。


「ふ、二人とも!? 何で喧嘩しだしたの!? ちょ、ちょっと二人とも止め……」


 取っ組み合う二人の間に入るショーンだが、彼の胸や顔に拳の流れ弾が被弾し続け上手く止めることが出来ない。最終的には彼等から弾き飛ばされてしまう。


「いてて……」

「水瀬君、だ、大丈夫?」

「は、はい」


 駆け寄ってきたウサテレから画面に映し出された心配した顔をするユリエ。ショーンはゆっくり起き上がると、ユリエは質問をし始める。


「水瀬君、貴方さっき清白さんの能力以外も使ったわよね?」

「え? ああ……[剛腕]と[剣心]のことですよね? はい、何か自然と切り替えることが出来ました」

「ええ……てっきり、あの一件以来能力が上書きされたのかと思っていたのだけれど、そうじゃなかったのね……」


 考え込むユリエを見たショーンは、改めて自信の黒い包帯を見つめた。


「……ユリエさん」

「……何かしら?」

「怪力になったり、剣が扱えるようになったり、光線が出せるようになってたり……この能力って、いったい何なんですか? それにこの黒い包帯って……」


 その質問に対して、ユリエは素直に答える。


「そうね、ここまでハッキリとした能力としての形で現れた事例は珍しいけど、貴方達に現れたその漢字と特殊能力は、自信の願望の具現化ではないかと考えられるわ」

「願望?」


 彼女は一つ頷く。


「よく、空を飛ぶ夢を見たとか聞いたことない? 言うなればそれと同じ。自分に備わっていない能力や手に入れたいと思っている能力が、夢の中では実現されることが希にある。今回の貴方達のそれもその一例じゃないかしら」

「……何か、いつにも増して曖昧な返答じゃありませんか?」

「まあね……まだそう言った夢にまつわる現象は研究中なのよ。だからちゃんとした答えが返せないの。だから寧ろ、貴方達の能力の詳細をもっと私達教えてほしいわ」


 と、逆に返されてしまった。ショーンは、そんなことを知る由もないので黙ってしまう。

 更にユリエは続ける。


「それと黒い包帯に関して何だけど、これは可能性として非常に高い推測が立ってる」


 ショーンは姿勢を改めて、話を聞く体勢を取る。


「簡単なのだけど現実世界で怪我をした部位、もしくはトラウマのようなものではないかと我々は推測しているわ」

「怪我やトラウマ?」


 ショーンは右手の包帯をまたしても見つめた。


「ええ、もちろん推測でしかないのと、少しだけ機密情報に関わるからその推測の経緯は話せない。だから私が今話せるのはそこだけよ。その黒い包帯は、現実で外部的要因もしくは精神的要因によって作り出された自身の部位を補強している夢物質セカンドではないかと考えているわ」


 ユリエは真剣に答えるが、それに対してショーンは目を細めた。


「ユリエさん。その推測はたぶん間違っています」

「……どういうこと?」

「僕の右手は現実世界で怪我なんかしていません。それに右手にコンプレックスとかもありません」


 ショーンは視線を喧嘩最中のエリに向けた。


「エリちゃんも目を怪我している訳ではないですし……それにモエカさんも現実世界で見たんです」

「モエカって……清白さんを?」

「はい、前の夢から目覚めた後すぐに会いました。その時、腕を怪我していませんでしたし……それに……僕のことなんて覚えていませんでした……」

「……」

「さっきから、話が噛み合わないことばっかりですね……いったいこの夢はどうなっているんですか? 僕やエリちゃんはいったいどうなって……」


 徐々に不安で、感情的になっていることに気づいたショーンは我に返る。ウサテレを見てみると、斜め下に目線を反らし黙っているユリエの姿があった。

 彼女は、何処か悲しそうな表情を浮かべている。ショーンは、深く言及しようと思った意志が収まってしまう。二人の間には気まずい沈黙が流れた。

 その時だった――


「うわっ!?」


 ショーン達が入ってきた出入り口が突然開き、光が溢れ出してくる。


「この扉は……この夢の終わりってことか」


 光は広間を照らし、満ちあふれいく。

 皆が光の扉を見つめていたその時だった。


『イカセルカヨ!!』

「きゃ!?」

「水瀬!!」


 背後から突然黒い茨が伸び、エリの手首と足首に絡み付いた。





 とっさにエリの体を掴んだカイトが、後ろにエリの体を押さえた。


「エリちゃん!」


 ワンテンポ遅れたショーンは、右手に[剣心]の文字を浮かび上がらせる。


「ゴールデン・エンチャント!」


 すぐさまカイトにより光の付加が行われ、一線の光が走る。するとエリを拘束していた茨のツタを両断していった。エリを救出し皆は一斉に後ろを振り向くと、そこには禍々しい光景が広がっていた。

 広間の壁を黒い茨のツルが覆い尽くし、ツルの合間からいくつも黒い薔薇が咲き乱れている。しかし、その薔薇の一輪一輪がゆっくりと大きく開花させ、真ん中から人の目や口のような肉塊が覗かせていた。

 さらに、広間の奥には人よりも二周りも大きな薔薇が花開き、中からはまた大きな人の……南方の顔が生まれていた。


『アッヒャッヒャッヒャ! ココニ俺ノ体ノ一部ヲ残シテオイテ正解ダッタゼ! 諦メナイゼ! ソノロリヲコッチニ渡セエエエエ!!』


 室内に咲き乱れた不気味な花々の中心から、黒い剣が一本ずつ生えてくる。剣は一斉に射出され、ショーン達に襲いかかる。


「皆! 早く扉の向こうへ走りましょう! あそこしか逃げ道がない! 早く!」


 ユリエの掛け声に反応し、皆は光の元へと駆けだしていく。

 ショーンはエリザベーヌの手を引き、エリザベーヌは走りやすいようにドレススカートを出来る限り片手で引き上げる。カイトは光の球で剣を打ち落とし、ウサテレは後ろを振り向きながらニンジンを打ち込み応戦した。

 剣の嵐を抜けた一行は、光の扉の目の前までたどり着いた。

 先頭を走っていたショーンとエリザベーヌが扉の向こうを潜り、床も天井も真っ白な空間へと出た。続けてカイトとウサテレがくぐり抜けようとしたその刹那。


「いてっ!?」


 ガンと何かが物体にぶつかった鈍い音と共にカイトが声を上げる。


「カイト君!? いったいどうしたんだ?」


 その声に気づいたショーンは立ち止まり、後ろを振り向いてみる。すると、カイトとウサテレが扉の向こう側手前で立ち尽くしている。彼らはまるでパントマイムをしているかのように、扉の前に手をかざし前に進もうとしなかった。


「何を遊んでいるんだ二人とも! 早くこっちに来るんだ!」

「遊んでねぇよ! 分かんねぇけど、ここから先に行けないんだよ!」

「え? そんな訳ないよ! だって僕達は通れたんだ!」

「知らねぇよ! ここに何か壁があるみたいに通れないんだ!」


 必死に何もない空間を叩く動作を見せるカイト。そして、その横に居たウサテレは耳を壁に押し当て、画面内のユリエとデーブが会話を始める。


「ブラウン、分析してちょうだい! いったいどうなってるの?」

「……たぶん、ここに視認出来ない夢物質セカンドがあるんだ」

夢物質セカンドですって? 破壊は出来ないの?」

「……たぶん現段階じゃ無理だ! こいつのセキュリティプロトコルが異常なぐらい複雑過ぎる! もはや物質の硬度じゃない。壁っていう概念みたいになっちまってるぞ! 俺らのニンジンじゃ破壊どころか傷すら付けられねぇよ!」

「やっぱり……この先が、深層心理ってことなの……」


 中の二人はどうすることも出来ないらしく、為す術がないようであった。


『逃ガサナイ!!』


 その時だった。茨のツルが何本も彼等に向かっていき、そして――


「うッ!?」


 カイトは小さな呻き声を上げ口から血を吐く。

 二本の茨のツルが彼の腹部、そして肺のある胸部下辺りから伸びていた。あろう事か、ツルはカイトの背中を貫通し、光の扉の中へと進入してきたのだ。


「カ、カイト……君?」

「カイトくん!?」


 ショーンはその光景に唖然としてしまい。エリザベーヌは、彼に向かって叫んだ。


「そ、そんな!? 一条君!?」

「ちくしょう! クソキッズ! 今助けて……」


 口を押さえるユリエと睨みつけるデーブの映像と共に、ウサテレの映像が割れて消えた。ブラウン管がカイトと同じように後ろからツタが貫通していた。ウサテレはゆっくりと持ち上げられ、力を無くしたように動かなくなり足をぶらつかせていた。


「そんな……いやあああああああああ!!」


 あまりの惨劇に、エリザベーヌは手で顔を覆ってしまう。しかし悪夢は続いていた。


「うぐッ!!」


 カイトが呻くと同時に茨のツタはさらに光の空間へと進入していく。そしてエリザベーヌめがけて突き進んできた。


「させない!!」


 ショーンは、光の付加された剣でツルを薙ぎ払い切断する。切り落とされたツルはそのまま床に落ち、黒い粒子となって消えていく。そして、元から伸びたツルは勢いよく広間の空間へと戻っていき、まるでわざと苦しめるかのようにカイトの体から抜き放った。

 解放されたカイトは、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


「……助けなきゃ」


 ショーンは小さく言葉を漏らし、エリザベーヌを置いて光の外向かったその時だった。


「行け……よ」


 倒れていたカイトは、口から血を吐きながらゆっくりと立ち上がった。


「カイト君動いちゃ駄目だ! 今から助けに……」

「良いから、行けよおおお!!」


 カイトは力を振り絞り、大きな声を上げて立ち上がる。そして、後ろを振り返り光の扉を……二人を守るように両腕を広げた。


「ここは俺に任せて……ショーンの兄貴は水瀬を連れて行ってくれ」


 彼の周りには光の球が無数に浮かび上がる。その球はビー玉程に小さな物であったが、今までに見たこともない程の数がゆっくりと浮かび上がっていた。


「そんな! 君を置いて行ける訳ない!」

「カイトくんやだ! 私も戦う! これじゃあカイトくんが……」


「水瀬!!」


 カイトは叫び、二人は言葉を止める。


「俺は、嬉しかったんだ……お前の夢の中に出られて本当に嬉しかったんだ」


 彼の手は震えながらも、その足はしっかりと床を踏んでいる。


「こんな俺でも……お前を助けに行けることが出来たから、本当に嬉しかったんだ」

「カイトくん……私は……」

「だから、頼む……逃げてくれ」


 彼が呟いた時、突然ショーンの右手が光り始める。


「え?」


 剣に付加された光が移動し、勝手に右手へ移動していったのだ。ショーンは異変に気づき右手に巻かれた腕を見てみると、そこに新たな文字が刻まれていた。


「……閃光」


 それは、カイトと同じ力の刻印だった。


「ショーンの兄貴!」


 右手を見ていたショーンがカイトに呼ばれる。


「短い間だったけど楽しかった! 散歩みたいなもんだったけど、ちゃんと歩いて……一緒に冒険出来て本当に良かったぜ!」

「カイト君……」

「兄貴には、あんまり現実世界で会いたくないな。俺、本当は結構格好悪くてさ……へへ」


 最後にオドケて見せるものの彼は首を少しだけ後ろに向け、視線をショーンに向ける。彼の目には涙を浮かんでいたが、大いなる決意を持っていた。


「お願いだ、兄貴……俺に構わず、水瀬を連れて逃げてくれ」

「……」

「最後まで……俺に主人公をやらせてくれ!」


 カイトが言い放つ、玉座の向こうから高笑いが響き渡る。


『栄養補給完了! フルパワーダ! サア、皆殺シノ時間ダァァァァ!』


 南方の大きな顔の口元に、ウサテレの足と思わしき物が引っかかっていた。それに怯むことなくカイトは手を前に掲げる。


「魔王サウス! ここは死んで通さねぇ! ここでお前をぶっ潰す!」

『ハッハー! ヒーローキドリシヤガッテ! ムカツクカラ面白可笑シクモテアソンデ殺シテヤルヨ!』

「こっちの台詞だ。悪に負けるヒーローなんていないんだよ!!」


 光の球が一斉に打ち込まれ、黒い剣もそれと同時に射出される。広間はまさに嵐の如く荒狂っていた。


「……エリちゃん行こう」


 ショーンは手を引き、光の向こうへエリザベーヌの連れて行こうとする。それに対して彼女は拒む。


「でも、カイトくんが!」

「良いから行くんだ!」


 ショーンは無理矢理彼女を抱き抱え、精一杯走った。


「カイトくうううううん!!」


 エリザベーヌの声が白い空間に木霊し、ゆっくりゆっくりと光に包まれていった。



・・・・・・


・・・


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