第10話 かっこ悪いとこ、みられちゃった。ははは

 検分を終えてミチザネは立ちあがった。


「さて、撤収しよう。タダヒト君、わかっているとは思うが、ここで見たことは口外しないように。もっとも言ったところで、信じる人間はごく少ないだろうがね」


 そのとき、数人の男たちが注連縄を踏み越えて、結界を張った現場に入ってきた。引き締まった体躯をスーツで固め、精悍な表情を引き締める男たちの先頭に、やや肉付きのいい中年男が歩いている。


「クソッ、また先を越されたか!」


 男は毒づいて、


「この地区の担当は誰だ」

「私です」


 と名乗り出た部下の横面を、振り向きざまに張りとばした。


「文霊研、法務院、神祇院に続いて、あろうことか内霊管ごときにまで遅れをとるとは、どういうことだ!」

「申し訳ありません」


 部下は手を後ろに組んだまま耐えた。

 サトミが小声で、


「ごとき、ときましたか」

「誰なんですか」

「公安調査庁特異情報調査部のお出ましよ。で、あのおじさんが公特調名物、《オニ晋》こと浦戸晋三部長代理」

「なんか、おっかない人っすね」

「おっかないよー。なにしろ、どんな妖怪が関与している霊的事案でも、人間の科学と人間の身ひとつで対処するのがモットーの公特調で、ずっと現場指揮やってる人だもの」

「へ、へえ」

「粗にして野、野にして卑。剛直でいながら手段を選ばない狡猾さをもち、巧みだけど強引な手腕で実績をあげてきたベテラン。部下に対しては見ての通り。徹底的に鍛えぬいた少数精鋭による正面突破が身上ね」

「昔の日本軍みたいですね」

「まさにそれね」


 ミチザネが《オニ晋》を見上げて、


「穏やかじゃないね、浦戸君」

──今度は貴様らか。せっかく出張ってきてご苦労だが、遺留品を渡してもらおう。本件の被害者が出たのは公特調ウチが最初だ。たとえ女風情であっても、身内の恥はこの手ですすがなければならん」

「いずれかの組織に被害が生じた場合、その所属にかかわらず、組織の垣根をこえて事件にあたるのが原則だったのではないかね。遺留品ならば我々が厳重に管理して、後日、超災連に提出しよう」

「貴様らシロウトが弄りまわして、せっかくの証拠品を台無しにした後でな!」


 まるで子供を叱りつけるような姿勢で浦戸が怒鳴った。注連縄の外側にいる人々まで振り返るのではと心配になる大声だったが、ミチザネは涼しい顔をして、


「大事な部下を奪われて、心配する気持ちはよくわかる。しかし浦戸君、焦らないことだ」


 などと、逆に子供を諭すようなことを言っている。


「よい機会だ。ここで整理をしておこう。まず最初に失踪したのは公特調──君の部下だったね」


 ふん、と浦戸はそっぽを向いたが、ミチザネは構わず、


「名前は確か、堂上どのうえ敦子──まだ二十代だがよく鍛錬された若手のホープと聞いている。次に──いや、列記してみよう。失踪した順、失踪日、氏名(年齢)、所属先、自宅のある地域、遺留品の発見場所だ。


①○月三日  堂上敦子(二四) 

       公特調 埼玉県S市U区

       東京都I区のA川河川敷


②○月七日  長畝ながうねれな(一三)

       文霊研 東京都B区

       東京都N区の工場跡地


③○月九日  箕輪みのわちさ(一九)

       法務院 神奈川県K市M区

       神奈川県S市M区のS湖畔


④○月一二日 伊吹まい(一七)

       神祗院 調査中

       東京都H市の丑三つヶ森公園


 ふむ──こうして見て、何か共通点が浮かぶだろうか、浦戸君」

「女どもだ」


 浦戸は吐き捨てるように言った。


「年齢的に同じ学校ってことはなさそうですね──ひとりは社会人だし」


 サトミが腕組みをして、


「住んでる地域も別だし。さーて、調として各組織の女の子がひとりづつ。うーむ、これが何を意味するのか」

「何が言いたい」


 浦戸が睨みつけた。凶器にでもなりそうな目つきだった。


「最初は我々だったが、いまだ被害に遭ってないのはだ。勘繰るのは勝手だが、言葉には気をつけることだな」

「あーら。わたくし、いけないこと言っちゃいました?」

「小娘が、しらじらしいクチを──」


 と、詰め寄る浦戸とミサトの間に入ったミチザネが苦笑いをして、


「我々はだよ、浦戸君。普段の君であれば、言う必要もないことだとは思うがね」


 それでも浦戸はしばらく睨みつけた後に、


「貴様も後悔せんようにな、


 と言い捨てて、踵を返して去っていった。

 サトミはその後ろ姿を見送りながら、


「さっすがオニ晋さん。簡単に尻尾は出さないか」

「まだ、そうと決まったわけではない。今のは軽率のそしりを免れまいよ、サトミ君」

「すみません」

「迅速な対応が求められるときほど、行動には細心の注意を払うべきだ。大胆と軽率を履き違えてはいけない。若い時分には誰もが経験することではあるがね」


 傍からみれば女児を叱る教師(しかも本物)だが、実際には逆なのだった。的確かつ手短な説教をくらったサトミは、


「かっこ悪いとこ、みられちゃった。ははは」


 と、タダヒトに向かって舌を出した。

 タダヒトはようやく疑問に思っていたことを質問する機会を得た。


「反省、反省。じゃ、撤収しましょ」


 サトミが車のキーを鳴らした。


 * * * * *


『カウント。急ぎで申し訳ないが追加のターゲットを特定した。すぐにかかってくれることを願う』

「またかね。日本人はとかく気ぜわしいが、万事この調子なのは困る」

『そこは申し訳なく思っている。しかし契約は契約なので、お許しを頂きたい」

「こうして電話などという粗野な機器で依頼してくることじたい、洗練を欠く無礼な行為と思わないのかね」

『時間がないので、ご理解いただきたい。失礼は重ねてお詫びする』

「ようやく窮屈でサービスの行き届かない滞在を終えて、帰国の途につけるかと思えば、最後まで世話をやかせてくれる」

『重ねてお詫びする。しかしカウント、全員が揃わないと意味がないのだ。それに《供物》が増えれば《あの御方》お喜びになると思うが』

「それを浅慮というのだよ、日本人。大事なのはなのだ。それが《あの御方》への“供物”ならば、なおのことだ」

『今回のならば保証する。これまでで最上と確信している』

「やれやれ、君たち日本人の評価をどこまで信用できるか、甚だ心もとないがね──まあよい。場所を案内したまえ』

『やってくれるのか、カウント』

「その呼び方も指摘したはずだ。名誉と伝統ある我が国の貴族社会に伯爵countという階級はないと」

『すまない。何と呼べば?』

侯爵Marquessと呼びたまえ」

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