声が優しいのはずるいと思います

朝、昇降口で靴を履き替えようとしたらけいすけとなおやが待ち構えていた。

「おはよう寿直」

「はよ」

「おはよう。けいすけもなおやもどうしたの?

なおやは部活はどうしたの?」

こてっと首をかしげてみせてるけど、本当はわかってる。

二人ともおれに聞きたいことがあって待っていたのだろう。

「部活はサボりだ。それより寿直に聞きたいことがある」

「うーーん。ここじゃなんだから移動しようか」

「屋上行くか」

けいすけに促されて3人で屋上に向かう。

うちの学校の屋上は常時解放されていていつでも入れる。

昨今それでいいのか不安だけど、それなりにちゃんとした柵があるからいいのだろう。


「で、けいすけとなおやはなにを聞きたいの」

「わかってるくせにしらばっくれるなよ」

けいすけが不機嫌そうに言う。

そりゃそうなんだけどさ。

人間、言いたくないことの一つや二つあるでしょう。

けいすけがしょうこせんぱいがらみの話を俺らには一切しないように。

「落ち着け啓介。あのな寿直、昨日俺ら担任に呼び出されてさ、お前のこと聞かれたんだ。

最近変じゃないかって。

俺らにはお前がなにかやらかしたことしかわからんし、かといってお前はそれがなんだか教えてくれない。

だから知らないって答えといた。

そのことを恩に着せたいんじゃねえよ。

そうじゃなくてお前がやらかしたなにがしかが、俺らに迷惑かけそうになってんだ。

だからなにをしたかくらいは教えろ」

あちゃー、そういうことか。

昨日のいいんちょうのトラブルも相まって、教師たちにいらない探りを受けてしまっているわけだ。

しかも俺が直接にではなく、遠回しにけいすけやなおやから。

だとしたら2人に言わないのも、そろそろ潮時かもしれない。

「まずは謝る。巻き込んでごめん。結構嫌なことしたから2人には言いたくなかったんだよね。

でもここまで来たらちゃんと言う。

硯さんがクラスの派手な奴らにいじめられてたでしょ。

それがムカついたから、あいつらにわざと殴られて警察に通報してやった。

あいつらは今は自宅謹慎中じゃないかな。前科つけてやったからたぶん復学はしないだろうけど」

2人は驚いたような引いたような顔をしている。

そうだよね。

たかが学内のいじめで前科つけるなんてやりすぎだったかもしれない。

現に大人たちはそう思っているらしい。

でもおれにとってはやりすぎなんかじゃないんだ。

そういうの、曖昧にして傷つくいいんちょうを見たくなかった。

「寿直」

「はい」

「よくやった」

「え?」

いち早く声をかけてきたのはけいすけだった。

けど思っていたのと反応は違って、なんだか目を輝かせている。

「寿直、俺は硯さんがどこまでやられてたかは知らない。

だけどいじめは犯罪だ。罪を犯したのなら処罰を受ける。当たり前だろ。

そんなの紀元前からやってたことだ。なのに学校の中、というだけでそれが許されるなんておかしい」

「うーーん、俺はそこまで割り切れねえけど、寿直がやったことと方向性はわかった」

けいすけとなおやはそれぞれの反応を示している。

まさかけいすけがこんなにすんなり受け入れるとは思わなかった。

たぶんなおやの反応の方が普通だと思う。

それでもなんだか許されたようで嬉しいのは仕方がないだろう。

「なんにせよ言ってくれてありがとう寿直。お前本当に硯さんのこと好きなんだな」

「なおやがあいうちさんを好きなのと同じだよ」

「それ言われると弱いわ」


けいすけとなおやは納得してくれたので良しとしよう。

問題は別の人にも聞かれてしまったことだろうか。

2人には適当な理由を言って先に教室に帰ってもらう。

「もう出てきていいよ」

「気づいていたのね」

給水塔の陰からいいんちょうが出てきた。

昇降口からついてきた彼女のことをけいすけとなおやは気づいていなかっただろうけど、おれの視界にはばっちり入っていた。

「新崎君馬鹿だよね」

「うん。いいんちょうのことになると相当馬鹿になるみたい」

「私に関わらず馬鹿だけど」

はっきり言ういいんちょうだ。

あまり間違ってないから反論に困る。

「新崎君はずるいなあ」

「なにが」

「そうやって陰で守られたら、私はなにもできない」

「なにもしなくていいけど」

いいんちょうは機嫌悪そうにこちらを睨む。

彼女の言いたいことはわかるけど、おれにはおれのやり方があり、それはきっと彼女とは相入れないのだ。

そこんとこをどうやって折り合いをつけていくかが今後の課題だろう。

「ねえ、いいんちょう」

「なに」

「好きです。おれと付き合ってください」

「お友達から始めさせてください」

お断り早いよ。

ていうかまだ友達ですらなかったんだ。

「じゃあけいかって呼んでいい?」

「好きに呼べば」

「けいかもおれのことすなおって呼んで」

「嫌だ」

また断られた。

あらさきすなおとすずりけいかの間の溝はまだまだ深いらしい。

「だってさ」

「うん」

「昨日、英語の先生にあんな啖呵切ったのに次の日には付き合ってるとか馬鹿みたいでしょ」

それもそうか。

けいかは結構ひどいこと言ったもんね。

あれを撤回するのはなかなか骨が折れるかも。

「じゃあお友達からお願いします」

「はいはい。今日の宿題もよろしくね寿直君」

それ、友達のやることかなーーー?

そんなおれの疑問が口に出る前に、けいかは屋上から出ていった。

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