逃げようとしてる?

直哉と教室を出て廊下を歩く。

まったく、寿直は陰でどんな面倒事を引き起こしているのやら。

「寿直に聞く?」

直哉が面倒くさそうな声を上げる。

俺だって面倒だ。寿直だって高校生なんだから自分のことくらい自分でなんとかするだろう。

できないところだけ俺らに頼ってくれ。

「放っておけばいいと思うけど」

「啓介は冷たいなあ」

「面倒じゃねえか」

「本当に冷たいな。俺はいい加減はっきりさせた方がいいんじゃねえかと思うぞ。

寿直がなにやらかしたかは知らねえが、そいつに俺らも関わってると思われてる節がある。

だとしたら、寿直がなにをしたか知りませんでした、じゃ逃げられなくなるぞ」

それはそうかもしれない。

しかし寿直が本当にきちんと話をしてくれるだろうか。

「けど今までのらりくらりと躱し続けていたのにここにきて教えてくれるとは考えづらいんだが」

「それでも聞き出す」

「直哉、お前少し面白がってないか」

「んなこたあねえよ」

どうだかな。

でもまあなにもせずにいるってのも座りが悪いし、一応ポーズだけでも聞いてみた方がいいか。

友達なんだし。

「わかった。明日寿直に聞いてみよう」

「そうこなくっちゃ。このまま放っておくほうが余程面倒事になるからさ」

「それもそうか」

直哉とはそのまま昇降口で別れた。

寿直にはなんて聞けばいいのやら。

ストレートになにやらかしたか聞くのが一番かもしれないんだけどさ。


夜になって嘉木から電話がきた。

いつもならチャットなのに珍しい。

「はいはい」

『笹井君? 今大丈夫?』

「大丈夫」

『今日、なにかあった?』

耳が早すぎる。一体どこでなにを聞きつけたやら。

「なにかってなんだよ」

『放課後に呼び出されてたでしょ。5組の友達に用事があって2組の前を通ったら笹井君と降田君が呼ばれてたからなにかやったのかなって。

もしくは新崎君がなにかやって事情聴取?』

「鋭すぎる」

『女の勘を舐めない方がいいのよ。硯さんがらみ?』

だからなんでそこまでわかるんだっての。

寿直が硯さんに気があることが1組の嘉木にまで知られてるんだとしたら恐ろしいな。

「具体的なことは俺も知らない。ただ寿直がなにかやらかした。

んで、それとは別に硯さんが寿直と一緒にいる時に英語の先生に暴言を吐いた。

それについては英語の先生の方も変だったみたいだがな。

俺が知ってるのはそれくらいだ」

『ふうん。硯さんが英語の先生に……。ああ、わかった。どうせ新崎君と付き合ってるのなんだの言われたんでしょ』

いやいやいや、だからなんでわかるんだよ。

もしかして前にもこういうことがあったのか?

迂闊に嘉木に話さない方が良かったのだろうか。

『英語の先生ね、最近お見合いしてフラれたんだってさ。それも何十回目じゃないかな。

だいぶ結婚を焦ってるみたいよ。

それで校内のカップルにケチつけて回ってるのね。

硯さんは硯さんで1年の時に同じクラスの男子と付き合ってるのなんだの騒がれてマジ切れしてたから、そういうこと言われるの嫌いなんじゃないかな』

「は? そうなの?」

『どっちに対して?」

「いや両方だけど。英語の先生はまあいい。そういう女のヒステリーなのは分かった。

けど硯さんってそんなトラブルあったんだ?」

初耳だ。清楚で大人しい硯さんのイメージがどんどん崩れていくな。

女って怖い。

姉貴の時点で女に対してなんの夢も持っていなかったが、にしてもなあ。

『うん、あった。

1年の時に名前忘れちゃったけど、男の子が硯さんに手を出そうとしてね、硯さんがそれを突っぱねたら『お前みたいな地味で陰気な女に手を出すやついねえだろ』って教室で怒鳴ってて。

硯さんも『じゃあ話しかけてくんな』って怒鳴り返してね。

結構なトラブルだったんだよ。

その男の子は2年になってからは硯さんと同じクラスじゃないけど学年が上がった時に2組の一部の人にそのトラブルを言いふらしてたんだ。

だから硯さんは2組で友達いないしいじめっぽくなってたんだよ』

女って怖い。

何度思ったかわからないけどそう思う。

俺は聞いてないし、あの様子だと直哉も知らないだろうけど、寿直はその辺知ってたんだろうなあ。

「そう言えば寿直って1年の時何組だ?」

『ご明察。わたしや硯さんと同じクラスだよ』

あーー、やっぱりか。

つまり今、嘉木が話した内容を全部知っていると思って間違いない。

後気になるのは寿直がいつから硯さんを好きかだが、きっと1年の時からなんだろうな。

それで硯さんを守るためになにかをやらかした結果が、クラス内の派手な連中の不登校につながるのだろう。

「嘉木、ありがとう。なんかいろいろつながったわ」

『どういたしまして。笹井君こそお疲れ様。

話を聞くくらいならするし、わたしが知ってることなら教えるからさ』

「おう、助かる。ところでお前はクラスに友達いるのか」

ふと気になったので聞いてみる。

硯さんにクラス内に友達はいないと言った。

なら、その硯さんと仲が悪い嘉木はどうなのか。

『いないことはないけど、そんなに仲良くない』

「それ友達って言わねえよ」

『一応グループには所属してるけどさ、あんまり深い話したりはしないんだよね。

重い話するとウザがられそうで。だから笹井君たちが羨ましい』

そういうものか。

まあ、女子には女子の複雑なコミュニティがあるからな。

その辺の細かい話は男にはわからないのだ。

「適当に頑張れ。俺を巻き込まなければそれでいい」

『本当に笹井君は冷たいね』

「今日、直哉にも言われた」

『ならなおさらのことちょっと考えた方がいいよ。深刻だから』

はいはい、と適当に話して電話を切る。

ちょっといろいろ考えたい。

俺のこともそうだけど、寿直のこと、硯さんのこと。

嘉木のことはおいておこう。

電話を切る前に『逃げないようにね』と言われたが、言外に『わたしのときのように』とも言われているようで申し訳ないような気がした。

気がしただけだった。

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