反則も悪くないなと思いました

いいんちょうがおれの宿題と予習を写し終えるのを待って一緒に校舎を出た。

外はオレンジ色に染まっていて、きれいな夕焼け空が広がっている。

いいんちょうとおれは会話もなく一定の距離を開けて歩く。

傍から見たら一緒に帰っているようには見えないかもしれないし、もしかしたらいいんちょうにも一緒に帰っているという意識はないかもしれない。

「なんでついてくるの」

やっぱりそう思う?

「そろそろ暗くなってきたから送ろうかと思って」

「そういうのいいから。一緒にいるところ見られない方がいいでしょ」

「さっきみたいなことになるから?」

いいんちょうは黙り込んだ。

それはきっと肯定と取っていいんだろう。

なんだかんだですずりけいかといういいんちょうは優しい女の子なのだ。

「別におれはいいんだよ。男だし、なにかあったら反撃に出られる。

いざとなったらけいすけかなおやがなんとかする」

「結局は人任せなんだ」

「だってあまりの困難にはおれ一人じゃ立ち向かえないもの」

情けない台詞かもしれないけれど、出来ないことはできないのだ。

無茶や無謀は勇気とは違う。

でもそこになにがしかの策があるのなら、それは有望だと思う。

「なにかあったらいいんちょうのことくらいは守れるよ」

「かっこつけて」

「かっこくらいつけさせてよ。男の子なんだから」

いいんちょうはジト目でおれを睨んだ後、ふいっと視線をそらした。

あ、もしかして照れてるのかな。なにそれかわいい。

それはかなり珍しいので顔を覗き込もうとしたらますます顔をそらされた。

残念。もっとちゃんと見たかったんだけどなあ。

「もうここでいいよ」

学校を出て数百メートルのところでいいんちょうは言った。

「家まで送るよ」

「バスだから」

「じゃあバスが来るまで待つ」

「なんで今日はそんなに頑ななの」

そりゃねえ。さっきおれを取り囲んだ連中が後ろからつけてきてるから。

でもそれを言うといいんちょうが燃え上がるかもしれないから黙っていた。

そういうのもかっこつけてるってことになるんだろうか。

「あ、ほら、バスきたよ」

「うん、それじゃあまた」

「うん、また明日」

ひらひらと手を振って見送った。

さて、どうしようかな。スマートフォンを取り出してぽちぽちとメッセージを送る。

場所と時間を指定しておけば間違いなく彼は来てくれるだろう。

バス停から先ほど指定した場所に移動する。

後ろからぞろぞろ彼らが付いてきているのは気づいていないふりだ。

もっとも彼らは隠すつもりなんかないようだけど。

「さて」

目的の場所で振り返る。

そこには予想どおり、放課後の教室でおれを取り囲んでいた派手な人たちがニヤニヤしていた。

「わざわざこんな人気のない場所に来るなんて、新崎君覚悟決めたの?」

「大人しくしていれば痛くないかもな」

「ここなら多少声出しても目立たねえだろ」

なんて好き勝手言っている。

そんなここは工場の裏手にある空き地だ。

周囲からは機械の立てる音が鳴り響いているから、彼らの言うとおりちょっとやそっとの悲鳴なんてかき消されてしまうだろう。

それに空き地の出口は一つきりで、彼らが塞いでいる。

どこにも逃げ場はないし、助けも来ない。そう見える場所。

でも彼らはなんでおれがここに来たのか疑問を持ったりはしないんだろうか。

「で、きみたちはおれになにを言いたいの」

「べっつにーー? ただちょっと俺らのおもちゃを横取りしないでほしいだけ」

「そうそう硯さんは私たちのお友達だから新崎君に占有されると困るんだよね」

「おともだち、ね」

そう言うと彼らは下卑た笑いを浮かべた。

本当に、なんでこいつら同じ高校なんだろ。恥ずかしい。

彼らのうち一人が近づいてきて、おれの襟首をつかむ。

「なんか文句あるわけ?」

「あるよ。大ありだ。いいんちょうはお前らみたいな連中と格が違うから関わらないでほしいんだよね」

「はあ?」

笑いながら殴られた。

ごろごろとみっともなく地面を転がる。

起き上がる前に腹を蹴られた。

手を踏まれた。

足を蹴られた。

そろそろかなあ。

「ねえ、さっきの面白かったからもう一回言ってよ」

「何度でも言うさ。いいんちょうに関わるな」

「ざっけんなってえの」

そう言って振り上げられた拳を躱した。

彼らは一瞬呆けた後、さらに振りかぶるからそのがら空きの胴体に回し蹴りをした。

けほっとむせるそいつの襟首をひっつかんで隣のやつにぶつける。

後ろにいるやつを蹴り飛ばして反動でもう一人殴る。

なんだかなあ。

これじゃ弱い者いじめみたいだ。

そういうの好きじゃないんだけどなあ。

なんて思い出したころにようやく彼女はやってきた。

「お巡りさん、こっちです!!!」

その声におれは殴る手を止める。

彼女の声が聞こえてなかったのか、彼らは再度おれに殴りかかろうとして拘束された。

「なっ!?」

そうして彼らはやってきた警官にさくっと捕まった。

どうせ明日には普通に学校に来るだろうし、おれだってあれこれ聞かれるだろうけど、かまいやしない。

目的はいじめは犯罪ですよと彼らと、彼らの行為に気づかない教員に教えることだ。

その後案の定おれも警察に連れていかれ、あれやこれや聞かれた。

本当に面倒だった。

とはいえおれは被害者なのでそうたいしたことは聞かれない。

被害届を出すかどうか聞かれたので是としておいた。

それについてもかなりしつこく取り下げるように言われたが、頑として譲らなかった。

それだけで深夜になり、とりあえず帰宅を許されて警察署を出ると彼女、妹が待っていた。

「お兄ちゃん」

「はい」

「もうこんな面倒事に巻き込まないでよね」

「悪かったよ」

「本当にそう思ってるのかなーー」

「思ってるって、一応な」

一応ってなに! と怒る妹を連れて帰宅した。

帰宅したら両親にもそうとう怒られたが、まあ、しかたないよな。

明日が楽しみだ。

いいんちょうは怒るかもしれないが、おれにだってできることはしておきたいのだから。

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